近年、国際的に注目されている「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)。人々の健康を支える看護師の役割について紹介します。

POINT1

UHCの概要と、開発された経緯
●2030年までにすべての人が適切な保健医療サービスを受けられるよう、各国が協働してUHCの実現をめざしている
●アルマ・アタ宣言以降、その概念が次第に発展し、SDGsのターゲットの1つに盛り込まれた

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)とは

 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage:UHC)とは「すべての人が適切な予
防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態
」を指します1。この長い横文字からは、看護との関係性は見えにくいのですが、看護こそがUHCを実現する鍵となります。
 2020年の「看護師と助産師の年」*1に発行された、WHO(世界保健機関)の報告書「世界の看護 2020(原題:State of the World’s Nursing 2020)」2の冒頭にも明言されているとおり、臨床現場の第一線で保健医療を患者さんや住民に届ける看護職は、まさにUHC実現のための主役です。本稿では、UHCの概要や経緯と、看護が果たす役割について皆さんにお伝えします。

 まず、UHCとは何なのか、そのコンセプトについて説明します。近年よく耳にする持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットとして2015年に設定され、“leave no one behind”、つまり地球上の誰ひとりとして取り残さずに、2030年までに実現することをめざしています。健康に直接関係するゴールは3「すべての人に健康と福祉を」で、その13のターゲットのうちの1つがUHCです3
 そのほかのターゲットが妊産婦死亡や新生児死亡、感染症など個別の健康課題であるのに対し、すべての人々の医療へのアクセスを可能にすることをめざすUHCは、横断的なターゲットといえます。

*1【看護師と助産師の年】UHCの達成における看護職の役割や貢献をふまえるとともに、ナイチンゲールの生誕200年を記念してWHOにより制定された。

UHCが提唱されるまでの経緯

 UHCの提唱までの経緯を見てみましょう(表1)。

表1 UHCのこれまでの経緯
1978年
アルマ・アタ宣言のなかで健康が基本的人権であることが明言され、プライマリヘルスケアのコンセプトが生まれる
2000年
世界の人々の健康の実現に向け、MDGsが設定される
2005年
MDGs中間報告のなかで、ヘルスシステムの重要性について提言される
2010年
世界保健報告書に「UHC」が登場
2012年
世界保健総会にて当時のWHO事務局長が「UHCは公衆衛生が提供すべき最も強力なコンセプト」と明言
2015年
SDGsが設定され、UHCもこれに盛り込まれる

 1978年のアルマ・アタ宣言で「すべての人々に健康を」というスローガンのもと、健康が基本的人権であることが明言されました4。その実現に向けた戦略として打ち出されたのがプライマリヘルスケア5で、8つの具体的な活動項目が挙げられました(表24

表2 プライマリヘルスケアの具体的な活動項目として挙げられた8項目
●蔓延する健康問題とその予防や対策に関する教育
●食糧供給と適切な栄養の促進
●安全な水の十分な供給と基本的な衛生
●家族計画を含む母子保健ケア
●主要な感染症に対する予防接種
●地域で流行している感染症の予防と対策
●日常的な疾患と外傷の適切な治療
●必須医薬品の供給

(文献4より引用)

 その後、世界の人々の健康の実現に向けた世界の協働の動きは 、 2000年のミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)に発展し、8つのターゲットが設定されました(表36

表3 MDGsの8つのターゲット
●極度の貧困と飢餓の撲滅
●普遍的な初等教育の達成
●ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上
●幼児死亡率の引き下げ
●妊産婦の健康状態の改善
●HIV/エイズ、マラリア、その他の疫病の蔓延防止
●環境の持続可能性の確保
●開発のためのグローバル・パートナーシップの構築

(文献6より引用)

 2005年のMDGs中間報告で、「効果的で公平な保健システムは、保健MDGs達成のための、またほかの保健ゴールの絶対条件である」7と提言されました。2010年の世界保健報告書において、はじめてUHCという言葉が登場します8。健康の実現のためのシステムや財源についても議論されるようになりました。

 そして、2012年の世界保健総会にて当時のWHO事務局長が「UHCは公衆衛生が提供すべき最も強力なコンセプト」と明言し9、2015年には同年に設定されたSDGsにターゲットの1つとしてUHCが盛り込まれました。

POINT2

UHCが実現された状態と、その実現・持続に必要な要素
●ヘルスシステムが整えられ、すべての人がそれにアクセスできることでUHCが実現可能になる
●医療・看護サービスを届ける看護職は患者・住人にとって最も身近な医療従事者であり、UHCの実現に大きく寄与する

日本は国民皆保険によりUHCが実現した状況

 日本では一般的に、体調が悪くなったときにどうするでしょうか。多くの場合、薬局などで市販薬を購入して自宅療養する、あるいはクリニックや病院を受診し、医師の診断・治療や内服薬などの処方を受けると思います。
 本人や家族の判断でどの医療機関にもすみやかにかかることができ、医療費の自己負担は、総額の2〜3割で済みます。この状態が、UHCが実現されている状態です。日本では1961年に国民皆保険が達成されて以降、「すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」が維持され、国民の健康が守られています。

 UHCが実現され、かつそれが持続可能であるために不可欠な要素がヘルスシステムです(図1)。ヘルスシステムは、大きく分けると質の高い医療・看護サービスの供給システムと、それを財政面で支える医療保険システムで構成されます10。ここですでに、看護サービスの担い手、患者さんや住民への運び手である看護職が、UHC実現に不可欠であることがわかります。

図1 UHCを実現するヘルスシステムの構造

UHCを実現するヘルスシステムの構造

 世界に視野を広げると、医療従事者の約59%が看護職であり、世界中で約2,790万人の看護職が働いています。それでも、すべての人々のUHCを実現するには、低中所得国を中心に約590万人(2020年時点)の看護師が不足しています2。医師数も非常に少なく、めったなことでは(ときには一生に一度も)医師の診察を受ける機会のない国々では、住民の健康を守る最も身近で唯一の医療従事者が看護職です。
 人々に寄り添い、すべてのライフステージでのさまざまな局面で医療・看護サービスを提供し、健やかな生活を支える看護職なくしては、UHCの実現はできません。看護職によるケアやアプローチが、患者さんや住民の生活によい影響を及ぼしていることが報告されています(下記)。

看護が患者や住民の生活によい影響を与えている例
●患者・住民の健康や満足度
●感染コントロール
●生活習慣病などの非感染症疾患の管理
●医療安全
●高齢者のケアや尊厳のある人生の最終段階のケア
●健康教育

患者・住人が保健医療サービスにアクセスしやすい社会づくりが必要

 一方、どれだけ質の高い医療・看護サービスがあっても、患者さん・住民がそこにアクセスできなければ提供できません。UHCの実現には、まずはアクセス先である質の高い(信頼できる)医療・看護サービスが必要です。

 そのうえで、①物理的アクセス②経済的アクセス③社会慣習的アクセスの3つのアクセス(図3)があることが不可欠です。③社会慣習的アクセスは、その社会の歴史や文化、信念などに密接にかかわっており、もしかすると最も解決が難しい課題かもしれませんが、人々に寄り添う看護職がその能力を最大限に発揮できる部分でもあるといえます。

図3 UHC実現に必要な3つのアクセス

UHC実現に必要な3つのアクセス
POINT3

これからの日本で起こりうるUHCの問題
●現在はUHCが実現されていても、社会の変化によりその状態に影響を受ける可能性がある
●日本のUHCに影響する要因としては超高齢化・少子化と、それに伴う社会や経済の変化がある

超高齢化・少子化などで新たな問題が生まれる可能性

 現在の日本では、UHCが実現され、誰もが医療にアクセスできる状態が整っています。しかし、これからは超高齢化・少子化が進み、例えば過疎化により近くに医療機関がなくなる、またそこへ行く手段がなくなる、人口減少(特に生産年齢人口の著減と高齢者のさらなる増加)により医療保険システムの維持が難しくなる、経済の停滞や悪化により現状の医療費負担でも生活が圧迫される、といった問題が生じるかもしれません。

 また、増加する在日外国人の方にとっては、医療機関で言葉が通じず医療に適切にアクセスできないなど、さまざまな課題が起こりえます。これからの社会をどうしていくか、看護職として、また一国民として、また地球市民として持続可能なUHCを私たち自身が考え、つくり直していくときが来ているのではないでしょうか。日本でも社会の変化によるUHCへの影響が予想され、看護師はUHC実現のためにより欠かせない存在になっていきます。これからのUHCについて、一緒に考えてみましょう。

1.厚生労働省ホームページ:2018年の世界保健デーのテーマは「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」です。.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158223_00002.html(2025.2.18アクセス)
2.World Health Organization,国立国際医療研究センター 国際医療協力局訳:世界の看護 2020.
https://kyokuhp.ncgm.go.jp/library/other_doc/2020/SekainoKango2020_.pdf(2025.2.18アクセス)
3.外務省ホームページ:SDGグローバル指標 3 すべての人に健康と福祉を.
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/goal3.html(2025.2.18アクセス)
4.日本WHO協会:アルマ・アタ宣言.
https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter-2/alma-ata/(2025.2.18アクセス)
5.World Health Organization:Primary health care.
https://www.who.int/health-topics/primary-health-care#tab=tab_1(2025.2.18アクセス)
6.外務省ホームページ:ミレニアム開発目標(MDGs).
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html(2025.2.18アクセス)
7.United Nations:The Millennium Development Goals Report 2005.
https://www.un.org/webcast/summit2005/MDGBook.pdf(2025.2.18アクセス)
8.World Health Organization:The World Health Report. Health Systems Financing:the path to universal coverage.
http://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44371/9789241564021_eng.pdf(2025.2.18アクセス)
9.Holmes D:Margaret Chan:committed to universal health coverage.
Lancet 2012;380(9845):879.
10.島崎謙治:日本の医療 増補改訂版 制度と政策.東京大学出版会,東京,2020:24-32.

この記事は『エキスパートナース』2023年10月号の記事を再構成したものです。
当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載および複製等の行為を禁じます。