この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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世の中、便利になった反面…

 いろいろなものがアナログからデジタル化され、そしてあっという間にさまざまな分野でIT化が進み、基本的には非常に便利な世の中になったのは間違いありません。本屋に行かなくてもインターネットで注文すれば、早ければ翌日に手元に本が届きますし、届くまでに至らなくてもその途中の配送の経過などがスマートフォンなどを通して逐次確認できるようになっています。そしてさらには電子書籍(日本ではいまいちみたいですが……)、ネットニュースなどにだんだんと置き換わるのはしごく当然のなりゆきと思います。

 医師になりたてのころ、分厚い辞書でさまざまなことを調べたり、大学の図書室で古い文献を探してコピーしたりしたことが非常に懐かしく思い出されます。

 どこかに旅行に行くとしても、以前は分厚い時刻表で調べて窓口で切符を購入、宿は電話で予約をしていましたが、今ではスマートフォンなどから交通手段を検索・手配し、そして宿もネット予約が可能となっています。

 また、当時は携帯電話など存在せず、固定電話もしくは公衆電話のどちらかであり、病棟の看護師の仕事の1つが「患者さんへの電話の取次」という今では考えられないものでした。医師という立場では、病院から一歩外に出ると、居場所を連絡しないかぎりはある意味「行方不明」になってしまい、今のように電波が届けば世界中どこでも連絡がとれる状況とはまったく異なる時代でした。

 ということで、気になる患者さんなどがいる場合には、原則的に病院を離れることはできず、もしデートなどで外出する際にはたえず公衆電話の位置を確認しながら行動していたのは懐かしい思い出です。

 IT化により便利になったことは間違いありません。その一方で、従来のアナログ的なところはだんだんと省略されつつもまだ過渡期であり、けっこう高齢者を中心としたアナログ派にも手厚くなっており、ダブルスタンダード的になっています。しかしIT化の根本には物事の効率化が潜んでいることを考えると、ITがうまく使えないと取り残されていく(場合によっては切り捨てられる)危険性をはらんでいます。そしてIT化によって時間の流れは明らかに早くなっていることを考えると、そのタイミングは決して遠い未来ではないと思います。

医療の世界でもIT化は進む!

 同じように、医療の分野でもIT化が進んでおり、その最たるものが電子カルテだと思います。「どの場所でも確認できる」「複数の場所で同時に見ることができる」「検査データや画像が一画面で見ることができる」「セキュリティがしっかりしている」、そしてなによりも手書きカルテのように字が汚くて読めないなどということはなくなりました(時折入力ミスはありますが)。

 ただ、まだまだ過渡期で弊害も少なからずあります。

 例えば手順通り処理しないといけない制約があります。よいか悪いかは別にして、紙カルテなら診察後にまとめて記入するということもできましたが、電子カルテは診察内容を書き込んで閉じないと、会計処理などができません。また「コピーアンドペースト」が行えることは時間の節約として非常に便利ですが、安易に実行することにより文章がどんどん長くなり、画面をどんどんスクロールしないと本題が見えなくなるということも実際の現場でよく発生しています。

 そして一番の弊害と思われるのは「医師が患者のほうを向かず、パソコンの画面ばかりを見ている」ことだと思います。医師が画面ばかり見ていると、会話はどうしてもおざなりのように感じられ、そのことが医師と患者さんのコミュニケーションを悪くしている第一の原因とされることもあります。

 ただ、おそらく大半の医師は、もっと患者さんとface to faceにできるだけ話をしたいと思っていると考えますが、患者さんが増え、時間に追われているなかで効率よく診察するためにはどうしても画面を見ながら話をすることが増えており、現時点ではやむを得ない面もあります。パソコン入力を行う医師事務作業補助者がもっと現場に配置され、スムーズに診療が進むようになったり、音声入力が進歩したりしてくるともう少し改善してくるものと思われます。

患者さんと顔を合わせて、声に耳を傾けよう

 元ちゃんハウスに来る患者さんの大きなテーマの1つが「医師とのコミュニケーションの悩み」であり、そのなかの何割かが「先生がパソコンのほうばかり見、こっちを向いてくれない」「先生が話をしてくれない」などの電子カルテにまつわることです。

 そして先日は「先生に嫌われてしまったが、どうすればいいですか?」と泣きそうになった患者さんが来ました。よく話を聞くと、主治医がカルテの画面ばかりを見ていて自分のほうを見てくれないことが「嫌われているのではないか?」という疑心暗鬼につながったようでした。医師との関係性がわからないので、絶対に好き嫌いがないとは言い切れませんが、そのような状況が自分一人ではないとわかると安心して帰りました。

 もともと病院という、患者さんから見るとアウェイの場で、かつ相手は白衣を着ている状況のなかでは、ある意味「強者:医師」と「弱者:患者」は決まっており、そのなかで目を合わせてもらえないという状況になれば「嫌われた!」と思ったとしてもしかたないと思います。

 そもそも日本人はコミュニケーションが下手な国民と言われており、そのように上下が決まっているような状況では、患者さん側から会話を始めるということは非常に難しいと思われ、医師側から口火を切らざるを得ないと思います。

 しかし患者さんもさまざまであれば、当然医師もいろいろです。初対面から誰でもwelcomeという医師もいれば、もともと人と話すのが苦手な医師もいます。さらに人対人と考えると、相性というものも無視はできません。

 それをチョットでも克服するためには、やはり「face to faceの会話をする」「会話の回数を重ねる」「時間を長くする」などが重要であり、特にがん患者は高齢者が多く、少しでも顔を合わせて話を聞くというような配慮が必要なのかもしれません。そうすると患者さんの本当の声が聞こえるかもしれません!

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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