いまや学習のツールは、教科書や参考書からYouTubeといった動画教材、VRまでさまざま。そのひとつとして、医療漫画にも注目したいところ。医療監修や取材によって細部まで丁寧に作り込まれた作品や、原作者が医療者ということもあって現場のリアルが身近に感じられる作品などがそろいます。

「こういう看護師、医師がいたらいいなぁ」
「これは同じような経験したことがある、大変だよね」
「そうか、こうした考えはなかった」
「名前は聞いたことがあるけど、実際はこんな感じなのか」
などと、共感する場面も多いのではないでしょうか。

 そんな医療漫画について、看護師のかげさん、ナースの大森ちゃん、そしてライター・白石弓夏の現役看護師3人が、座談会形式で語り合います!

看護師のかげさんかんごしのかげさん

病院の内科・外科全般経験してきた中堅看護師。急性期領域、ICUの経験が一番長い。漫画は流行りやアニメ化・ドラマ化をきっかけに読み始めることが多い。考察ブログも読む。本屋さんの平積みをチェックし、表紙の絵柄やキャラクターに惹かれてジャケ買いすることが多い。ファンタジー系のジャンルが好き。
@877_727

ナースの大森ちゃんなーすのおおもりちゃん

看護師歴20年以上、緩和ケア病棟で15年ほど勤務。普段、少女漫画以外はなんでも読む、雑食系。現実離れしているぐらいの漫画が好みで、『呪術廻戦』『BLEACH』『進撃の巨人』などが好き。『週刊少年ジャンプ』は毎週買って読んでいる。週3~4回は本屋さんに通い、書籍や漫画をチェック。
@lemoned_nurse

白石弓夏しらいしゆみか

小児科や整形外科を中心に15年以上看護師として勤務。現在は看護師兼ライターとして活動。漫画は月50~70冊以上、欲するままにドカドカとカートに入れて読む。少女・女性漫画、少年・青年漫画、BL漫画など、好きなジャンルはそのときの気分・体調によって変わる。ジャケ買い、作家買いが多い。
@yumika_shi

『お別れホスピタル』

著:沖田×華/小学館、ビッグコミックス

看護師目線で語る「あるある」満載のリアリティ

※一部作品のネタバレがあります。

白石 今回は、終末期病棟を舞台にした医療漫画『お別れホスピタル』について語り合いたいと思います。まずは、この作品の印象はどうでしょうか。

かげさん 実は、私の母が大好きなんです。母も看護師なのですが、『透明なゆりかご』から作者である沖田×華さんの作品をずっと追いかけているみたいで。私も母の影響で読んでいます。こんなことを言う患者さん・医療者っているよなぁとか、こんなシチュエーションってあるよなぁということが多く、基本的に短編なので、空き時間にちょこちょこ読めるのが魅力だと思います。

大森ちゃん 緩和ケア病棟で長らく働いているので読んでいますが、最初は少し抵抗がありました。終末期病棟を「ゴミ捨て場」と呼ぶシーンがあって、現場で働く看護師としては、すごくリアルがゆえにちょっとつらくなってしまうこともあって…。

白石 よくも悪くも、いろんな「あるある」が詰まっていますよね。

大森ちゃん そうなんです! 特に9巻に出てくる新しい師長さんは、もしかして私の知っている人がモデルじゃないかって思うくらいで。ほかにも3巻と8巻のおまけにあった、合コンで看護師だとバレたら“無料健康相談”が始まるという話のように、めっちゃわかる!と笑える「あるある」も多いんですけど(笑)。

かげさん わかるわかる(笑)。ところどころで出てくる辺見さん(主人公の看護師)と医師の恋愛事情もいいですよね。

シビアな現実もあれば、懐かしい医療描写

白石 私は最初、終末期病棟が舞台といっても、絵柄の影響か“ゆかいな患者さんや医療者たち”みたいな、コメディタッチな漫画だと思って読み始めたんです。でも、そうじゃないシビアな話もあり、特に5巻か6巻くらいからはじわじわと雰囲気が変わってきませんでしたか?

かげさん そうそう、なんか凄絶な感じになりますよね…。

白石 ちょっと夜に1人で読むのが怖くなるような…。でも、怖いもの見たさで目が離せなくなりました。

大森ちゃん 私も途中から真剣に読むようになりました。でも、現場を知っているからこそツッコミたくなるシーンもあって。

白石 たとえばどんなところですか。

大森ちゃん エンゼルケアに2時間かかるって書いてあったんです。終末期病棟だから時間がかかるのはわかるんですけど、1人で2時間ってちょっと長いかなと…。

白石 あー、たしかに。でも、これってちょっと昔の話かもしれませんよね。「エッセン(食事休憩)」とか、私より年上の40~50代くらいの看護師さんがよく使う専門用語が出てきて、懐かしいなぁって。昔のエンゼルケアはいろいろ詰め物などをして、今よりもっと手間のかかる処置をしていたように思います。

©沖田×華/小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中

大森ちゃん そういえばそうですね。私も懐かしい気持ちになりました。そう考えると、取材した看護師さんが年配の方だったのかも?だって昔のエンゼルケアって、手首とか足のところを縛っていましたもんね。

白石 えっ、そうなんですか?

大森ちゃん 昔、なんで縛るのか師長さんに聞いたらめちゃくちゃ怒られたことがあって(笑)。たしか、口や鼻から悪霊が入らないようにとか習俗的な意味合いで綿を詰めたり、縛っていたりしたそうですよね(※諸説あり)。

かげさん ええ、ドキドキしちゃう…。そもそも作品の舞台が大学病院のような大きな病院というよりは、市中病院のような雰囲気はありますもんね。だから、昔ながらのケアがそのまま語り継がれているってことはありそうです。母が「懐かしい、懐かしい」って言いながら読んでいたのも、そういうことかも。

白石 面白いですね。もしかしたら世代によって、「懐かしい」「信じられない」と、感じ方が違うのかもしれません。

看護師に患者さん、印象に残るキャラクターと共感シーン

大森ちゃん 私は1巻にある、看取りが近い患者さんのもとに亡くなったお母さんがお迎えに来る話が印象的でした。患者さんと「誰がお迎えに来るか」という話をよくするので、最期にお母さんがお迎えに来たときの、嬉しそうにされている患者さんの1コマはすごく共感しましたね。

©沖田×華/小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中

かげさん 私は最近、転職して終末期の患者さんもいる病棟に来たので、患者さん側に感情移入しがちでした。5巻ではシングルマザーの看護師さんが、がんの末期で闘病する話がありますよね。知らせたくないからと、子どもにはがんで治療するとしか伝えていなくて。だけど、子どもは「実はかなり悪いんじゃないか」と気づいて葛藤。どちらの気持ちもわかってもどかしさが募り、特に印象に残っている話です。

白石 私は逆に、看護師側のキャラクターが印象に残っていますね。主任の赤根さんは、めんどうな患者さんにハッキリ物申すタイプで、一緒に働いていると心強いだろうなと思う一方で、4巻で出てくる仕事のできない40代の黒澤さんの話も印象的でした。他責で言い訳ばかりして…、ああはなりたくないって思いませんでした?

かげさん たしかに…。最初は単に嫌な人だなって思っただけでしたけど、自分が歳を重ねたときの反面教師として見られますね。

大森ちゃん 私たちも気をつけないと、ってことですよね。

白石 中堅~ベテランになってくると、怒られることって減るじゃないですか。だから、自分を守ることに必死になっちゃうかもと思って。辺見さんが歳上である黒澤さんに言った、「患者は「言うことを聞かない人」じゃなくて、「1人の人間」として存在している」というセリフが印象的でした。

かげさん わかります。新人さんが猛烈に注意される横で、転職してきた私はそこまで言われないんです。でも、そこで甘んじちゃダメだなって思います。

©沖田×華/小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」連載中

ベテランから若手まで、世代を超えて共感できる普遍性

白石 終末期のシビアで重たいテーマだけだと読むのがしんどくなりそうですが、わりと日常のエピソードも織り交ぜられていますよね。

かげさん そうですね。「終末期医療」と聞くと重たいテーマだと思うかもしれないですけど、日常の中にあるんだなと実感できます。

大森ちゃん 一般の方にも読んでほしいなって思います。医療現場の実態を知るきっかけになるかもしれません。ただ、なかにはちょっと古い描写もあるので、全部が現在の医療現場そのものというわけではないのはありますね。

かげさん そこも含めて、医療の変遷を感じられる作品だと思います。母が懐かしがって読んでいるのを見ると、世代を超えて共感できる部分があるんだなって。

白石 本当にそうですね。私にとっては経験したことのない病棟で未知の世界って感覚。葬儀屋さんの話も新鮮で、なるほど~と思うことがありました。

大森ちゃん ベテラン看護師さんとのコミュニケーションツールとしてもいいかもしれませんよね。「こんなことってあるんですか」と、話のネタになりそうだと思いました。ぜひ、いろんな看護師さんに読んでもらいたいです!

『お別れホスピタル』の試し読みはこちら

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