この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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喜びも束の間の、Bad news到来。それでも受け止められた理由

 術後縫合不全などの合併症があり若干時間を要しましたが、手術からほぼ2か月後には経口摂取が再開となりました。リハビリも進み、何よりも術前の抗がん剤治療では低下しなかった腫瘍マーカーの値が正常化したため、今後は大学病院からホームグラウンドの病院に戻り、家内やまわりの人たちと一緒にちょっとずつ社会復帰へのスケジュールを立てて第2章に……。そう考えて転院前の最終チェックに臨みました。

 ところがその数日後の回診で、担当医から唐突に「放射線治療」の話が出てきました。しかし転院前日であり時間もなかったためか、IC(インフォームド・コンセント)を受けることなく不安を抱えたまま転院することになります。

 結局、転院後のPET検査で、左鎖骨下リンパ節、大動脈周囲リンパ節、そして残肝に再燃病変が認められました。放射線治療医から「Bad news」を伝えられ、治療を開始することになったのです。

 治療医から「PETで新規病変が見つかりましたが、治療が可能な範囲です。できるだけやりましょう!」という言葉を聞いたときは、落ち込みだけではなく何だかすっきりとした気持ちにもなりました。それはやはり、変にネガティブな想像を掻き立てるようなあやふやな伝え方ではなく、はっきりと事実を伝えてもらうとともに方針まで意見を聞けたからだと思います。ただし、これがもっとBadであった場合には、どうだったかはわかりませんが……。

 今回は「もしかしたら!」という気持ちがあっただけ、落胆も大きかった気がします。いずれにせよ、今後も押し寄せるであろうGood news・Bad newsに一喜一憂するわけにはいきませんが、「喜」「憂」にもサイズがあると思います。医療者は、単にnewsを伝えるだけではなく、いかにBadのサイズを小さくできるか、すなわち患者・家族の背景を考えたうえで、いかにダメージを小さくできるかを考慮して伝えることも必要ではないでしょうか。

 そうなると、伝え方の技術も重要かもしれませんが、技術だけではなく、ある意味、医療者の力量、経験につきると言っても過言ではありません。患者や家族にとっては、これからたまにGood newsがあるとしても基本的にはBad newsの連続になるであろうことを、医療者はまず念頭に置いてほしいと思います。患者は、うわべは元気そうに見えたとしても、ちょっとした自分の体調の変化と医療者の言動とに過敏になっているのです。

怖がっていない、悲しんでいない「フリ」……。患者がしている「フリ」を想像しよう

 大腸がんのサバイバーであるエッセイストの岸本葉子さんから、以前、自分たちの活動に文章を寄稿していただきました。その一部を紹介したいと思います。

 がんを抱えると、いろいろな「フリ」をします。本人も、家族をはじめとする親しい人もそうです。仕事場では来年という時間のあるのが当然のような「フリ」。お互いどうしでは、悲しんでなどいない「フリ」。自分自身に対しても、怖がってなどいない「フリ」。病院では意志決定をすぐできて、迷わず治療に進んでいける「フリ」。「フリ」が自分をかたちづくり強くしていく面もあります。でもそればかりでは疲れるし、ときに力が出なくなります……。

 この文章を目にしたとき、とっさに家内と「自分たちの状況は本当にその通り、さすがうまい表現だね!」と話し合ったのを思い出します。

 やはり患者になってしまうと「今までの自分」ではいられません。その状況をうまく受容できる、できないにかかわらず、想像以上にいろいろなことを決めていかざるを得ないのも事実です。まわりに弱みを見せずに平然として治療をがんばろうと思う自分がいる反面で、先は見えず、心の底では「もしかしたら明日は事態が180度変わってしまうことが起こるかもしれない」とビクビクしている自分がいます。まわりから見るとわからないかもしれませんが、「今までの自分とは違う自分」にならざるを得ないのです。

 そのような状態が、自分たちには「フリ」という表現とぴったりきました。臨床の場において、もしかしたら患者や家族が「フリ」をしている、場合によっては無理に「フリ」をさせられているかもしれない、と気にかけてみてください。そうすることが、その後の良好なコミュニケーションにつながるかもしれません。

がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと【第8回】有害事象と引き替えに……

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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