「黄ばんだ喫煙室で」

 先日、福島県郡山市のある病院で勤務中、トイレで貼り紙を見かけた。便器が黄ばんでいると思いますが、これは洗浄に使用する地下水の成分の影響なので不衛生なものではありませんという主旨だった。

 実際、不衛生な感じはなく、白色のはずの便器には茶色がかった黄褐色のような「黄ばみ」があった。確かに東京で最近この質感の色のトイレはないなと思った。

 ふと自分の研修医時代を思い出した。私が医師になり研修医を過ごしたのは2003年からの数年。もう20年くらい前になるが当時は、今では信じがたいが、看護師さんの喫煙率が高かった。これはデータもあり、2001年に公益社団法人日本看護協会で行った調査によると女性看護師の喫煙率は「24.5%」だったという。

 一方、それより前の厚生労働省の 調査(平成10年度)では成人女性の喫煙率は「13.4%」で、女性看護師の喫煙率は一般女性の約2倍だったということになる。

 私が研修医のとき病院には職員用の喫煙室があって、お昼休みや夕方になると喫煙者がそこに来てタバコを吸っていた。私は、外科系のローテーションで一時的に所属していた科にいたとき、その科の先生方はほぼ全員喫煙者で、昼休みに(これも今では信じられないことだが)当たり前のように「國松も来いよ」という雰囲気で(私は吸わないのに)喫煙室で一緒に休憩していた。その喫煙室は広くなく、常に煙が上がっていて視界がぼやけていた。壁紙は一部剥がれ、壁や天井はほぼすべて黄ばんでいた。

 その中で、激務だったであろう看護師さんたちの愚痴をよく聴いた。思えば当時は、本当に濃いキャラクターの看護師さんたちがいた気がする。穏やかな師長さんが飲み会では強い酒を延々一人で黙って飲むとか、業務中はすごくキツい看護師さんがカラオケの場で一転プロ顔負けのエモさで松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」を歌い上げた後、私が「上手いですね」と言うと、「先生てさ、点滴入れるの上手いよね」と言われてドキッとしたこととか。

 そういう思い出がセピア色……残念、喫煙室の黄ばんだ色とともに、タバコの煙で視界がぼやけたような映像が目の裏に浮かんでくるのだった。私にとって黄ばみは不快な色ではないのだなと思った。

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この記事は『エキスパートナース』2022年4月号連載のコラムを再構成したものです。
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