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おさえておきたいこと

「ストリート・メディカル」とは
●デザインや、 アートなどクリエイティブの力を活用し、 生活のあらゆる媒体で人々の幸福と健康に貢献する新しい学際分野を示す概念

病中心の医療から人間中心の医療へ

 近代看護学の生みの親であるナイチンゲールは、「病気ではなく、病人をみる」という考えを主張していたとされています¹。私たちは今、この古くからの教えと向き合い、そして新しい形での医療を構築していく必要があると考えています。

 近代医療の画期的な進歩によって、疾病構造が激変するとともに、寿命は大幅に延伸し、超高齢社会へ突入するにいたりました。このような変化に呼応して、医療従事者は、病中心から人間中心の高次元のケアを提供する主体へと、大幅な拡張が必要となるものと予測しています。

 すなわち、個別の疾患の予防・治療など健康に関するケアということに加え、人間らしさ(Humanity)の回復、生活への充足感や幸福感を得ることも視野に入れた医療を提供する必要があると考えています。

ストリート・メディカルとは

 一方、この理念を実現していくためには、基盤となる科学(Science)と実践(Practice)の大幅なアップデートが必要不可欠となるでしょう。

 例えば、一見関係が薄い人文科学・芸術分野などを含めた多岐にわたる学問が基盤科学を構成することになると考えられます(図1右上)。さらに、ファッション、家具や不動産、はたまた、ゲームやアプリなど生活の場での接点すべての対象が有用な実践技術となりえるかもしれません(図1右下)。

図1 ストリート・メディカルの基板となる/していくべき領域

 このような、人間中心のケアへの力点のシフトに伴い、拡張が生じると予測される実践領域を「ストリート・メディカル」と呼んでいます。

 医療が古典的な臨床の枠組みを超えて、日々の生活(ストリート)におけるすべての接点(タッチポイント)が、その実践対象となることを示唆しています。従来のように医歯薬学・コメディカル・パラメディカル分野のみならず、一見関係が薄いと考えられている人文科学分野などを含めて、多岐にわたる学問が基盤科学を構成します(図1)。
 私たちは、このストリート・メディカルのコンセプトを核として教育・研究・社会実装を進めています²。

 このようなストリート・メディカルの考え方は、古くて新しい概念と言え、ことナイチンゲールの教えを基盤とする看護領域においては、たくさんの先進的な取り組みが蓄積されています。

 例えば、胆嚢摘出手術を受けた患者が、窓から植物が見える部屋とレンガ壁が見える部屋とで回復の時間に差があるのかを比較検証した研究があります。窓から植物が見えると、術後の入院期間が短く、また、看護師のメモに書かれた否定的な評価コメントが少なく、強力な鎮痛剤の服用も低減できたそうです³。

 このように空間という媒体を活用し、バイオフィリック(自然を感じる)デザインを導入するという事例は、他にも多数存在しており、こうした領域こそ、ストリート・メディカルの絶好の対象と言え、アーティスト、クリエイターをはじめ、さまざまな分野の人々が参加することでよりすぐれた事例を次々と研究開発できる可能性があると言えます。

おさえておきたいこと

ストリート・メディカル実践の取り組み
●横浜市立大学に新設されたコミュニケーション・デザイン・センターでは、社会人向けにストリートメディカルラボを開講し、医療従事者とデザイナーの異色コラボによるアイデアの具現化に取り組んでいる

ナースも学ぶストリートメディカルラボ

 横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センターでは、ストリート・メディカルを学び実践する人材を育成するためのアクティブラーニングを行うカリキュラムを開発し、運営会社である株式会社Look at Peopleと共同で「ストリートメディカルラボ」を運営しています。

 ストリート・メディカル・スクールとして2019年度より開始して以降、多数の現役看護師・臨床検査技師の方々にも好評いただいており、2024年には第5期を開講しました。

 講義とワークショップを経た学生が、卒業制作のような形で最終的にアイデアを形にし、ピッチイベントで外部の方々に発表する機会を設けています。例えば、第2期に発表された「にゅういんラリー」は、手術を受ける小児患者向けのプレパレーションツールです(図24

 子どもの入院や手術についての一連の流れは保護者への説明が優先され、当事者である子どもに対する理解度に応じた説明(インフォームド・アセント)はとれていないと言えます。また、「何をされるかわからない」という恐怖を和らげるためにも有効であるとして、現役看護師が提案したアイデアです。

図2 「にゅういんラリー」の概要
(文献4より引用)

 医療現場では、クリニカルパスを用いて入院診療計画書を説明することが一般的ですが、特に子どもなどにはわかりづらく、無機質であるため不安を助長します。こうした看護師ならではの目線で抽出された医療現場での課題を、デザイン手法で解決を試みた好例と言えます。

異分野のエキスパートが参入できる余地も

 以上のように、ストリート・メディカルは、人々がよりよく生きることを支援するための実践であり、生活環境や人生における文脈までをもその対象ととらえる考え方です。その根本理念は、人間らしさ(Humanity)を中心基軸に据えるということであり、一見単純なことのようにも感じられます。

 しかし、「人間らしさ」という普遍的な目標を扱うことで、生活のさまざまな場面における実践が重要となるため、異分野のエキスパート(例:デザイナー)が参入できる余地を大きく残しているのも事実ではないでしょうか。

 今後、ストリート・メディカルという概念のもと、まだ解決されていない問いを見つけ、それらを誰も思いつかないような方法でアプローチし、解決していく、というプロセスを研究していきたいと考えています。

*【プレパレーションツール】治療・検査を受ける小児に行う、発達に合わせた説明の際に用いる物品のこと。

1.Florence Nightingale:Notes on Nursing.1859.
2.武部貴則:治療では 遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義.日本経済新聞出版,東京,2020.
3.Ulrich RS:View through a window may influence recovery from surgery.Science 1984;224(4647):420-421.
4.横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センターホームページ:にゅういんラリー親・子・医療者の対話型入院治療プレパレーションツール.
https://y-cdc.org/blog/hospitalrally/(2024.8.2アクセス)

この記事は『エキスパートナース』2021年11月号の記事を再構成したものです。
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