皆さんが看護師として、日々行っている臨床現場での「実践」。それらは、どんな“気づき”をきっかけとして起こるのでしょうか?また、“患者さんの力”をどう引き出すのでしょうか?
事例紹介をもとに、看護介入をナラティブに伝えます。
肺がん多発転移で「痛み」「不眠」を感じる患者さんの“緊張緩和の方法”を検討する
70代の男性、Aさん。左肺腫瘍と診断されたときにはすでに多発性に骨転移も認めており、Stage Ⅳの状態でした。
腰部や下肢の疼痛が強く、オキシコドン(オキノーム®)やプレガバリン(リリカ®)の内服を開始しながら、Aさんは主治医から検査結果・治療方針について説明を受けました。
診断の結果、放射線療法(姑息照射:痛みの軽減を目的とする照射)や薬物治療で痛みをとりつつ、体力の回復、全身状態をみながら化学療法が開始されました。 治療中には腰部脊柱管狭窄もみつかり、それに対する手術も行われました。
“何もやる気が起きない”Aさんの状態
Aさんが下肢痛とつきあいながら化学療法を継続していたころ、外来看護師より、「外来でお話を聞いているものの、2か月間あまり状況が変わりません」という連絡がありました。
ご家族は“何もやる気が起きない日常が続いている”“精神的な問題を気にしている”と言われているそうで、外来看護師は「確かに今日は“死にたい”って言葉も口にしていて。一度、がん相談外来でお話を聞いてみてもらえせんか?」と話します。
Aさんご本人は「やる気が出ない」「うつではないか」と発言しているそうで、精神科的な見立てを期待され、がん相談外来を当番制で担当する私に依頼が来たという経緯でした。
Aさんは主科の外来受診を終えて、がん相談外来にお越しになりました。うつむき加減でゆっくりとした足どりで、椅子にもそっと腰かけ、肘当てに片肘をついて寄りかかる姿が印象的でした。
奥さまが付き添われていて、Aさんの様子を見守りながら、Aさんが腰かけを完了したことを確認してご自身も椅子に座られました。 「初めまして」、私は初回には必ず、自分自身の役割について説明することにしています。Aさんは頷きながら聞いてくださっていました。
「気が休まらない」という言葉に内包されること
私は単刀直入に、「いま気になっていること、お困りごとはどのようなことでしょう?」とお聞きしました。
「1か月ほど前からやる気が出ないんです。以前は本を読むことも好きだったし、朝の新聞も大事だったのに、ぜんぜん読む気がしない」
「薬だって人に飲ませてもらうのはいいけれど、自分でやるとなるとどうでもいいって感じになります」
「もうこんな状態がいつまで続くかと思うと……死んだほうがいいんじゃないかって……」
あいかわらずうつむき加減で、ときどき覗き込むように視線をあげながら、“日常生活上の億劫(おっくう)感”を言葉にされました。話の内容からは、意欲低下が主な内容と受け取りました。
また外来看護師が言っていた“死にたい”に近い表現がありましたが、日常生活に困難を感じさせている具体的内容をまだお聞きできていないことや、“1か月ほど前”とAさん自身が時期をすでに特定していることが気になり、「1か月ほど前から、とおっしゃいましたが、このころから急にやる気が起きなくなられたのでしょうか? 何か気になるようなことがありましたか?」と重ねて聞きました。
「─夜がね、つらくて。横になれない、左の肩甲骨のところが痛くて。とにかく体重がかかると痛くて寝ていられない」
「横を向いてみたり、うつ伏せもやってみたけれど、今度は息ができなくて、死ぬかと思いましたよ」
不眠の原因は“痛み”
ここで、Aさんの腰かけたときの不自然さに納得がいきました。のちほど痛みのアセスメントを行ったところ、荷重時「NRS:10」、圧迫なしで「NRS:2~3」の状態でした。
1か月ほど前というのは、痛みによる不眠が始まった時期と一致するようでした。不眠により日常のバランスが崩れ、活動性の低下をきたしてきたことが想像され、不眠は痛みが原因であることをお聞きできました。ご本人の「やる気が起きない」を“意欲低下”だけと判断せず、もっと聞きこもうと思いました。
「背もたれもおつらいのですね?」
「そうなんですよ! 背中を当てられないので、寝るときは、この首の隙間にたくさんクッションを入れたり、いろいろなものを支えにして試してみているけど……どうにも……」
確かにAさんはやせ型で、肩甲骨部や尾骨部の突起が顕著なお身体つきです。
「それではきっと夜間は十分にお休みになれませんね」、とお返事しました。
「もうずっと気が休まらない。はじめのうちは薬(エチゾラム〈デパス®〉、トラゾドン〈デジレル®〉)ももらって飲んでいました」
「 がんだ、がんだって言われてね、しかもステージⅣだとかって、骨の転移もあるって。もう落ち込んでね……変になって、薬をもらったんです」
ここでも私の質問に対して、“眠れない”ではなく“気が休まらない”という言葉を使われたAさんのお気持ちが、とても強く伝わってくる感じがしました。告知を受けられたときからずっと蓄積されてきた“気が休まらない”状態で、身体全体が緊張されているのではないかと思いました。
触れながら聞くことができたAさんのお話
Aさんの入室時の身体の動きのぎこちなさは、痛みとともに引き続く緊張もあると考え、他者に触れられることでAさんが自身の緊張を自覚できる効果を試したいと思いました。
また痛みの部位や範囲、程度を具体的に理解したかったために、私は「少し肩に触れてもいいですか?」と声をかけ、Aさんの肩に触れました。
ソフトに手のひら全体で圧をかけるように背部全体をマッサージしてみると、Aさんは「ああ、温かくて気持ちいいです」「お風呂に入っているときもとても気持ちいいのですが、最近はそれも、お尻の骨が痛くて、浴槽の底に座れなくて、いい時間でなくなってきました」とお話しになります。
Aさんの肩甲骨部に圧をかけても、痛みは生じませんでした。両肩部は内巻肩のように肩甲骨も広がってしまっていたため、痛みに注意しつつ、深呼吸を促しながらゆっくりと、胸郭を拡げるようにアシストしました。
そのとき、それまでそっと見守っておられた奥さまが、「ああ、拡がった拡がった」とうれしそうに声を出され、Aさん自身は「ああ、気持ちいいですね~」と身を任せてくれているようでした。
そのまま私は上半身を中心に、漸進的筋弛緩法(ぜんしいんてききんしかんほう)*を実施しました。その間、Aさんからは、いくつかのお話を聞くことができました。
安定した体位がみつからない眠れない夜のつらさ。主治医に痛みについて伝えたとき“いい顔をされなかった”と感じており、それ以上はたびたび痛みについて伝えることを遠慮してしまったこと。エチゾラム(デパス®)の内服はあまり効果を感じずやめてしまったこと。
主治医との話については、Aさんにとっては「医師との関係づくり」も、今後、慢性期を過ごしていくうえで重要なポイントだと思いました。 また、薬の内服をやめたことについては、急に中断したのではなく本に書いてあった漸減方法を遵守されていたことから、Aさんの読書好きとまじめさを受け取ることができた情報でした。
*【漸進的筋弛緩法】リラクゼーション法の1つ。一度、あえて身体の筋肉のパーツごとに力を入れて、抜くということを繰り返す。重要なのは“緊張している今の身体”を自覚し、“弛緩できた身体”を思い出すこと。
自己コントロール感を取り戻すためにできること
Aさんのやる気の出ない状態について、何より重要なのは、「自分自身で身体のことについて伝えたことで改善につながった」という、コントロール感をもてることだと思いました。
Aさんの「やる気が出ない、うつじゃないだろうか」といった心配には、典型的でないとしても本人が自覚されている“痛み”をしっかりと取り上げ、疼痛緩和につなげる調整をかけ、不眠への対策も検討することがまず重要と考えました。
また、慢性期において“症状緩和への無力感”や、“次にまた襲うであろう痛みに集中して身構えてしまう緊張感”のなか、医師と自身のことについて相談もしにくくなっているAさんの生活を受け止める必要があると感じました。これからも病気とともに生きていくAさんが自己コントロール感をもてる手立てを一緒に考えたいと思いました。
私は、「これからは、Aさんが気の休まる時間をどうやってつくっていくか、一緒に考えるお手伝いをできるといいのではないかと思っています」と話しました。そして以下のような方針を立てました。
「まず、1つは背中を圧迫せずに眠れる方法ですよね」
「同時に、やはり痛みについて主治医に知ってもらいましょう」
「その次は、背中を中心にしたリラックス方法など、日常続けられることを考えましょう」
「そして今日できることとして、とても気持ちのよいお風呂の時間を取り戻しましょう」
そののち、化学療法室へご案内しました。化学療法中に担当看護師と、眠れる体位について一緒に考えました。胸部圧迫感も不快なことを考慮してAさんと検討し、オーバーテーブルのような台の上にクッションを置き“抱くような体位”の案を試してみることをAさんは選択され、次回、その評価をしてみることとなりました。
湯船につかることについても、クッション材を敷く手だてを検討し、Aさんは「ホームセンターで探してみようかな」と、奥さまと一緒に行く計画も立てられていました。
「今まで(痛みのことを含め生活上の困難感などを)どこに相談していいかもよくわからなくて。これからもどうやって(がん相談外来に)連絡すればよいですか?」という発言もあり、もちろん私たちは予約をいただければ今後も継続して支援できること、また担当看護師からはいったん中止していた訪問看護を再開することも可能であることなどが提案されました。
Aさんも奥さまも、外来で初めてお会いしたときよりも、少し表情が明るくなったように見えました。
【第27回】肺がん多発転移で「痛み」「不眠」を感じる患者さんの“緊張緩和の方法”の検討をめぐるQ&A
【第28回】肺がん多発転移で「痛み」「不眠」を感じる患者さんの“緊張緩和の方法”の検討についてのリフレクション
この記事は『エキスパートナース』2016年9月号特集を再構成したものです。
当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載および複製等の行為を禁じます。