救急・集中治療の現場で、予後の推定が困難な場合における意思決定で役立つTime-Limited Trial(TLT)。どのような意思決定プロセスなのか、ナースはどうかかわり、どう活用できるのか、詳しく解説します。

POINT1

救急・集中治療における意思決定の現状と、 TLTの特徴
●救急・集中治療では診断や治療の特性上、 意思決定において慢性期などと異なるプロセスや配慮が求められる
●TLTでは、「期限付き」での治療実施を患者さん・家族に提案することから、 意思決定のプロセスを始める

特有の困難を伴う救急・集中治療の現場での意思決定

 TLTの解説をするにあたり、まずは救急・集中治療の現場で意思決定が必要な場面を想定してみましょう。

 あなたは救急外来の当番です。担当の患者さんは高齢の男性で、呼吸困難で救急要請し、来院しました。酸素投与を行っても改善しない低酸素血症があります。
 まだ検査結果が出ておらず、何が原因かもわかりませんが、かなり酸素化が悪く、人工呼吸を開始しないと救命が困難なようです。しかし、年齢などの詳しいことや診断がわからないことで、侵襲度の高い治療を行っても、どこまでよくなるかもわからず、医師も治療を行うべきか悩んでいます。

 そこで、患者さんや家族に治療方針を決めてもらおうと話をしていますが、患者さん・家族は「よくなるのであれば治療をしてほしいし、助からないのであれば治療しないでほしい」と言っているようです。
 このとき、侵襲的な治療を開始するべきでしょうか?それとも、救命できないと判断し侵襲的治療は行わず、緩和ケアを提供するべきでしょうか?

 救急や集中治療の領域では、実際に治療の開始に迫られる段階において、予後を推定することが困難なことは多くあります。ここで挙げた例のように、診断や治療への反応性もわからず、そもそも「終末期である」という判断ができないことはよくあります。一方で、たとえ救命できたとしても、ADL*1が低く医療ケアの必要度が高い状態になってしまうなどについて、時間が迫られるなかで予後を予測することは非常に困難です1

*1【ADL】activities of daily living:日常生活動作

医療従事者と患者さん・家族、 双方にとって困難な状況が存在

 前に述べたような医学的な問題だけでなく、医療従事者、患者さん・家族にも問題が含まれています(図1)。

図1 救急・集中治療領域での意思決定における阻害要因

救急・集中治療領域での意思決定における阻害要因

 まず医療従事者についてですが、外来通院の主治医などのように、これまでに十分に患者さんのことを知っているのであれば問題ありません。しかし、救急・集中治療の場面で対応している医療従事者は、本人のことをほとんど知らないままに対応をしなければなりません。また、「侵襲的治療を行うことが無意味である」と判断し、治療を開始しないことは死という結果に直面することにもつながるため、極力そのような重大な決断は先送りにしたいと考えるかもしれません1

 そして患者さん・家族については、(患者さんは)重篤であることから本人の意思決定能力が低下、あるいは欠如していることや、ラポール*2が十分に形成されていない医療従事者と生命にかかわる重大な事象について話し合わなければならないこと、集中治療などの複雑な医療行為についての説明の理解が難しいこと、そもそも意思決定にかかわることができる家族が遠方などで同席できないことなどの問題があります。
 また、医療従事者と同様に、生命にかかわる決定を迅速に下すことは大切な人を失う恐怖などの心理的ストレスを伴い、「できるだけ重大な決定を行いたくない」と感じるかもしれません1

*2【ラポール】ここでは、医療従事者と患者・家族間における、「人間対人間」としての確立された信頼関係のこと。

一定の期間を設けた治療を提案し、同意を得られればTLTとして実践

 こうした状況で、あると有益な考え方として、Time-Limited Trial(TLT)というものがあります。直
訳してみると、「期限付きの試み」という意味になります2,3

 患者さん・家族と、事前にある一定の期間治療を行うことで、「どのような臨床状況が達成されれば/されなければ」、「効果がある/ない」という話し合いを行い、治療内容を決定します。そのうえで、一度始めた治療であっても効果が乏しい場合には中止ができることを説明し、この方法での「お試しの治療」について同意が得られるのであれば、まずは治療を始めてみます

 そして、事前に決めていた期間が経ったら、臨床状況が改善したかどうかを判断し、治療を継続するのか、快適さを中心に焦点を当てたケア(緩和ケア)へ移行するか、または試験期間の延長(追加のTLT)を行うかを、医療従事者と患者さん・家族との話し合いで決定していきます(図2)。

図2 TLTをふまえた治療・ケアの流れ

TLTをふまえた治療・ケアの流れ

TLTをふまえた予後予測と、支援の継続を並行して行う

 TLTを行っている期間に、診断や治療に対する反応が明らかになり、予後を推定しやすくなります。また、その間に患者さん・家族とコミュニケーションをとり、患者さんの価値観や嗜好を聞き出し、ケア・治療のゴールを決定していくことが大切です。

 ナースには、突然の重篤な状況に置かれた患者さん・家族の苦痛緩和を図りつつ、本人や家族らから本人の価値観を聴取し、意思決定ができるように支援することが求められます。

 例えば、冒頭の「よくなるのであれば治療をしてほしいし、助からないのであれば治療しないでほしい」という発言でいうと、本人にとって「よくなる」「助からない」というのはどのような状況を意味するのかを、今後の見通しをわかりやすい言葉で伝えながら聞き出すとよいでしょう。

POINT2

TLTを行う際の重要なポイント
●TLTを行う際、原則として治療は継続する。また、患者さん・家族への適切な情報共有や、期間の検討も重要
●TLTは、 明確に終末期であるといえる患者さんに対しては行わず、 緩和ケアの計画を立てることも検討する

TLTを行ううえでの注意すべき点

 侵襲的治療を行っている過程で、「過度な治療を行っているのではないか?」という懸念を抱くかもしれません。しかし、TLTを行っているときには、状況が改善するか否かが治療の継続にかかわってくるため、患者さん・家族の「やってほしくない」という希望がない限りは、医学的適応のある治療については実施を検討する必要があります。懸念を抱く理由が医学的要素のためなのか、患者さんの価値観から大きく逸脱しているためなのか、それとも自分自身の価値観によるものなのかを考えるとよいかもしれません4

 なお、TLTの途中の状況を患者さん・家族にも伝えていないと、治療効果判定の話し合いをするときに「突然話がきた」と感じる可能性があります。適宜、医療従事者から情報提供を行うことをおすすめします。

TLTは少なくとも48~72時間程度の期間が必要

 TLTを行う期間についてはそれぞれの病態によってさまざまですが、期間が短すぎると治療効果が不十分なままの評価となってしまうため、少なくとも48~72時間程度は必要でしょう。一方で、期間が長すぎる場合には、緩和ケアに移行するタイミングが遅れてしまうこともありえます。

 TLTの期間は状況によって短ければ数日のこともありますし、長ければ月単位ということもあります
表12。効果判定を行う期間が来る前に患者さんの状態が大きく変化したときには、患者さん・家族
と状態を共有し、再度プランを検討する必要があります。

表1 TLTを行う介入/状況の例

TLTを行う介入/状況の例
(文献2を参考に作成)

TLTの実施が適切でない場合は緩和ケアの方針を立てる

 TLTは予後が不確実な場合や、患者さんの意向がわからない場合に有用な考えです。ただし、ICU(集中治療室)での治療が利益をもたらさずに治療の負担だけを負わせることが明らかな場合には実施すべきではありません1。例えば、がんの末期で、月単位の経過で徐々にADLが低下した患者さんの状態が悪くなった場合などです。このように、疾患の経過として終末期であると判断されるような場合には、ICUでの治療では質の高い死を迎えさせることができないため、緩和ケアの方針を立てるほうが望ましいです。

 TLTは救急・集中治療領域で行われていることが多いと思いますが、枠組み自体の適応は、どのような疾患であっても可能だと思います。さらに、入院時にだけ実施可能なものではなく、入院中の経過においても実施することが可能です。実際、緩和ケア領域、透析患者や外科患者、脳卒中患者の治療でも行われていることがあるようです5,6

TLTの結果、緩和ケアを提供する際もチームで検討・実施する

 TLTを行った結果、残念ながら、本人のゴールを達成するだけの治療効果がないと判断されることもあります。その場合には、侵襲的な治療を取りやめ、快適さに焦点を当てた緩和ケアを提供することになります。ここでも患者さん・家族とコミュニケーションをとり、状況を受け入れてもらいつつ、環境の整備を行う必要があります7

 患者さんの肉体的苦痛だけでなく、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛についても全人的なケアを提供します。また患者だけでなく、大切な人を失う危機に直面している家族にも同様のケアを提供することが求められます。

 施設ごとの取り決めや文化にもよりますが、緩和的抜管や快適さにつながらないラインの抜去や、薬剤・人工栄養の中止による侵襲的治療の終了、モニターの終了、個室への移動により静かで面会がしやすい環境をつくることなども、チームで検討できると思います。

1.Vink EE,Azoulay E,Caplan A,et al.:Time-limited trial of intensive care treatment:an overview of current literature.Intensive Care Med 2018;44(9):1369-1377.
2.Quill TE,Holloway R:Time-limited trials near the end of life.JAMA 2011;306(13):1483-1484.
3.則末泰博.【コラム】Time-limited trial(お試し期間)─不確実な予後に対する選択肢.特集 長期予後.INTENSIVIST 2022;14(1):54-58.
4.Kruser JM,Nadig NR,Viglianti EM,et al.:Time-Limited Trials for Patients With Critical Illness:A Review of the Literature.Chest 2024;165(4):881-891.
5.日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン委員会編:終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン(2013年版).金原出版,東京,2013.
6.Kruser JM,Ashana DC,Courtright KR,et al.:Defining the Time-limited Trial for Patients with Critical Illness:An Official American Thoracic Society Workshop Report.
Ann Am Thorac Soc 2024:21(2):187-199.
7.Delaney JW,Downar J:How is life support withdrawn in intensive care units:A narrative review.J Crit Care 2016;35:12-18.

※この記事は『エキスパートナース』2024年9月号の記事を再構成したものです。当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載および複製等の行為を禁じます。