事例② 家族と意見がすれ違い、患者さんの希望の実現が難しいときはどうする?

 老人ホーム入所の方の事例。訪問リハビリテーションで、歩けない状態から居室内歩行自立まで回復するも、家族に帰宅を拒否され、ショックで無気力になってしまった例。介護支援専門員(ケアマネジャー)、リハビリテーションスタッフも含めた、患者家族とのコミュニケーションについて検討します。

患者さんの情報

●70歳代後半、男性
●慢性硬膜下血腫、アルツハイマー型認知症
●もともと妻と共に一軒家の自室で生活。
●要介護認定は要介護1で、1人では入浴が困難なため、デイケアを週2回利用していた。
●本人のがんこな性格と認知機能の低下から、たびたび妻とはもめることがあった。息子夫婦が隣町に住んでいる。
●自宅で下肢機能や認知機能の急激な悪化が見られ、病院を受診。過去の転倒によるものか、頭部打撲があり、慢性硬膜下血腫の診断を受け手術を受けた。
●その後、回復期リハビリテーション病棟へ転院しリハビリを実施。下肢機能が改善してくるも、車椅子は必要であり、家族の意向から老人ホームに入所のうえ訪問リハビリ希望となった
●入居時、本人は「歩けるようになれば家に帰りたい」と、家族は「たまに外へ連れ出せるようになれば」と話しており、本人と家族の意向に差異が生じていた
●老人ホームでは他のサービスとして、同敷地内のデイサービスを利用。本人はしっかりしている(と思い込んでいる)ため、集団でのレクリエーションなどは好きになれず、不参加になることも多かった。しかし、訪問リハビリには意欲的であった
●入居時から、バイタルサインを管理しながら歩行訓練を中心に開始。リハビリ開始時は歩行器使用で20m程度の歩行能力だったが、次第に歩行距離を延ばし、介入から2か月程度で150m程度の連続歩行が可能となった。また、居室内もつたい歩きで自立となった。
●要介護認定の区分変更は申請中。
●本人も歩くことに自信がつき、「家に帰りたい。家も族と話し合いたい」と発言することが多くなった。しかし、妻の体調がすぐれないことを理由に面会の機会が減り、息子家族に相談するも後ろ向きな回答が多く、本人は不満を募らせていた
●やっと面会できる機会があり、妻と直接話をしたが、妻は「家にはもう帰れない」と本人に告げ、本人は「妻に愛想を尽かされた。生きる意味がない」と生きる活力を失ってしまった。
●その後はリハビリにも消極的になり、「動いても帰れないから意味がない」とリハビリを拒否するようになった。引きこもり傾向が強くなり、認知症の症状も悪化。リハビリ拒否は続いた。

※事例は、メディッコメンバーの経験に基づいて設定した架空のものです。

鳥ボーイ

とりぼーい

お笑い芸人を経て看護師12年目。現在は急性期病院の集中治療室で、たくさんのシリンジポンプと戦っている。

バサカ

ばさか

作業療法士(OT)、7年目。大学院に通学しており、多職種でのディスカッションの機会も多い。

かなこ

かなこ

看護師11年目。内科病棟を経て、現在は手術室での勤務。

たみお

たみお

理学療法士(PT)、11年目。慢性期病院で入院患者のリハビリテーションと、訪問リハビリテーションを担当している。

おぬ

おぬ

看護師10年目。脳外科、回復期、在宅を経験し、現在は精神科救急病棟勤務。

メディッコメンバーの視点

鳥ボーイ(看護師) 本人の意欲と家族の気持ちがすれ違う場面は、急性期病院の退院支援でもよく見受けられます。特に高齢の夫婦2人暮らしの場合、介護力の不足が勝ってしまい、患者さんの「帰りたい」という気持ちはなんとなく優先されていない気がします。

 今回のケースでも、息子夫婦が隣町に住んでいることや、妻の体調不良、あとは患者さん本人の認知症の程度などが、今後の話を進めるうえでのポイントかなと思います。

バサカ(作業療法士) 本人の思いと受け入れ側の思いにずれが生じているケースは、精神科でも何度も直面しており、しっかりと考えなくてはいけないところです。本人の生活だけでなく、家族全員の生活を考えられるとよいのかなと思います。

かなこ(看護師) こういうケースは確かに現場でもありますね。本人はものすごく家に帰りたいと訴えているけれど、家族は介護疲れもあり、施設への入所を希望している……。入院前の自宅での様子がわからない部分もありますが、老老介護だといろいろと大変だったんだろうな、と感じました。

たみお(理学療法士) 本人と家族との意見のすれ違いは、現場でも本当に多くて、悩ましい事例だと思います。本人と家族の気持ちが、両方ともわかる部分があり、うまく折り合いをつけるのが難しいところだと思います。

おぬ(看護師) 受け入れる家族の気持ちを考えると、過去の本人の生活歴や住宅の状況など、課題はたくさんあると思います。本人のがんこな性格とそれに疲れた家族の気持ち、そして本人にとって、この先の自分の居場所の不明確さを考えると、ゴールの見えない問題という感じがしますね。