この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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助けてほしい、という願いが届いた──「ヒトの支え」のありがたさ

 大学病院に入院して約5か月。金沢赤十字病院に転院して次のステップに進むことになりました。そこで、前回までに書いたものと重なる部分もありますが、1つの区切りとしてここまでの思いをまとめてみます。
 
 診断を受けたとき、自分自身が院内外でいろいろな役割を担って仕事をしており、さらに入院したのが年度末でもあったことから、できるだけ早く周囲に状況を伝えなければなりませんでした。

 公的なところは問題ありませんでしたが、私的なつきあいの部分では「誰に?」「どの状況まで?」伝えようかというのはけっこう悩みました。聞かされるほうは、直接連絡をもらうのと「風の噂」とではぜんぜん違うはずです。

 そこで、少なくとも確実に連絡しないといけない方々には、できるだけ正しい病状をできるだけ多くの方に、直接もしくは「ついでに○さんと○さんに伝えてください」とメールなどでお願いし、伝えようと考えました。あとで考えると、おそらくその根底には、少しでも多くの人に助けてほしい、支えてほしいという思いもあったのだと思います。
 
 その結果、近隣だけではなく、北は北海道函館から南は九州熊本まで、そしてアメリカのニューヨークから……と本当に多くの方(100人以上)がお見舞いに来てくださり、その他にもいろいろな差し入れやお手紙、メール、SNSなどでも力強いエールをいただきました。たくさんの方からの有形無形の応援が闘病の力となっ たのは言うまでもありません。家族の力も重要ですが、それだけで闘病することは絶対にできなかったと断言できます。
 
 ただし、誰もがこのように多くの方とつながれるとは限りません。そこらへんを医療者も理解して、単なる「白衣を着た上での」サポートだけではなく、医療職であろうがなかろうが「同じヒトとして」患者に何ができるかを、もっと考えていく必要があるでしょう。

もう一度顧みてほしい、医療者と患者のコミュニケーション

 治療がうまくいくかどうかは医者の腕、と言ってしまえばそれまでですが、医療者と患者・家族とのコミュニケーションが不可欠であることは間違いありません。特に根治できないようながん治療にとっては、周囲からの精神的な支えは重要です。

 「コミュニケーションをうまくとる」とひと口に言っても、簡単ではありません。ワークショップなどで学んだとしても、そんなに簡単に「相手の本当の気持ち」がわかるわけはないのです。「仕事ができるけどコミュニケーションがへたな人」と、「仕事はいまいちだけどコミュニケーションがうまい人」など、いろいろな人がいます。みんなが両方を備えていればベストですが、そういうわけにもいきません。どちらが重要かは状況によって違います。
 
 現在が過渡期だとは思いますが、病院のスタッフはリスク管理などにあまりにも手を取られすぎていて、コミュニケーションが以前より軽視されている……今回患者になってみて、そんなふうに感じました。

 本当の気持ち、身体や心の痛みは当人にしかわからず、それをうまく伝えられずにもどかしく思う患者も少なくありません。実際、医療の専門職である自分でさえ、術後の肩の痛みや言葉にできない「病や みだるさ」、精神的な苦痛などはうまく伝えられませんでした
 
 コミュニケーションがうまくいっていないと、患者は医療者に「上から目線」で話しかけられていると受け取り、変な誤解を生む可能性もあります。やはり医療者側がうまく患者の「声」を聴きとり、双方向性の会話に持ち込むしかすべはないものと思います。

 いま看護師が時間を取られている業務(電子カルテへの記載ダブルチェックなど)では、もっとIT化が進み、例えばウェアラブルなツールが普及すると、ベッドサイドに看護師が行かなくても検温結果が電子カルテ上に示されるようになるかもしれません。そうなると、看護師の業務はどのように変化していくのでしょうか?

 医療の世界に限りませんが、今のうちから「人間にしかできないこと、人間だからできることは何か?」ということをしっかりと認識しておかなければなりません。そして、絶対に残るものの一つにコミュニケーションがあるはずです。
 
 今後、医療や技術がどんどん進歩するなかで、流れに合わせていくことも重要ですが、先を見て、「世の中が変わったとしても変化しないものは何か?」を考えておくことも大切ではないでしょうか。

そして、波乱の次章へ

 手術後の合併症も軽快し、経口摂取も開始となったため、転院してリハビリをしながら徐々に社会復帰を考えよう。そんなふうに意気揚々と思い描いていた矢先……。世の中、特に進行がんの治療は思った通りにいかないことを実感することになります。

がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと【第7回】プラスαの人生に向けて

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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