この記事は『考えることは力になる』(岩田健太郎著、照林社、2021年)を再構成したものです。
当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載および複製等の行為を禁じます。

「こういうとき」と「こうする」の間に「なぜならば」を挟む

 ハウツー思考にならないためには、こういうときは、こうするという「こういうとき」と「こうする」の間に「なぜならば」をかませましょう。必ず自分たちのルーチンワークにも根拠を差し挟むのが重要です。「こういうときは、こうする」から「こういうときは、こういう理由で、こうする」と加えるのです。あるいは「本当にそうなのだろうか」という疑問を挟んでもよい。そもそも前提が間違っていることだってあるのですから。

「if」をかませる

 しかし、これだけだったらやっぱりハウツーのバージョンアップにすぎません。次にやりたいのは、「では、こうしなかったら、どうなるのか」という「if」をかますことです。

 歴史にifはない、なんて言い方があります。しかし、じつは歴史にifは“ありまくり”なのです。そのような実際には起きなかったifの世界を想定することで、どうして今の歴史はそうなっているのかがよりビビッドに理解できるのです。

 「原爆が落ちたから戦争を終わらすことができた」みたいな言い方をすることがあります。こういうときも、それを正しいとか間違っていると直感的に判定するのではなく、「では、原爆が落ちていなかったら戦争は終わらなかったのだろうか」という“歴史のif思考”で考えます。こういう想定問答を繰り返すと深みのある思考、よりロジカルな思考が可能になります。

「あのとき適切な検査をしていたら、患者さんが急変することはなかったのに」

 患者さんが急変したとき、このように他の医療者をなじる人がいます。これだと検査をしなかった主治医を攻撃して、それでオシマイ。議論に深みは出ません。そうではなく、

「あのとき私が主治医だったとしたら検査していただろうか。もし検査をしていたとしたら、それはどのような根拠でどのようなタイミングで可能だったのだろうか。そもそも、検査をしていたら患者さんは急変せずに済んだのだろうか」と考えるのです。

 例えば、院内肺炎を起こした患者さんがいて、「毎日胸のCTを撮っていれば、肺炎を起こさずに済んだのに」というコメントがあったとしましょう。本当でしょうか。CTを撮ってもやはり翌日肺炎が起きる可能性は回避できませんから、検査を増やしても医療費や臨床検査技師たちの手間がかさむだけでリスク回避には役立たなかったかもしれません。余計な放射線曝露によって、患者さんにとってはむしろ有害だった可能性すらあります。

 起きてしまった事例について、批判的にものをいうのはカンタンです。あと出しジャンケンですからね。こういうときも「起こってしまったこと」だけに注目するのではなく、「では、異なる条件であればどうなっていたか」というifを考え、いろいろなシチュエーションを想定し、「実際に起こらなかったこと」を想定する。これがロジカルシンキングの第一歩です。ロジカルに考えるには感情が大事と言いました。加えて言うと、ロジカルに考えるには想像力が大事なのです。想像力に乏しい人はロジカルに考えることができません。

 実際に起こらなかったifを考えるときは、起こりうるすべての可能性を網羅的に想定し、想像する必要があります。だから、かなり大きな想像力を必要とします。

ifを考えるときに注意すべきこと

 ifを考えるときは、「逆サイド」に気をつけましょう

 人間、ある仮説にとらわれてしまうと一方向のリスクのみに気を取られてしまい、「逆」が見えなくなってしまいます。例えば、「CTを撮っていれば肺炎が防げたかもしれないのに」という思いで頭がいっぱいになってしまうと、「でも、そんなにCTを撮ってたら放射線のリスクが出てくるのではないか」という「逆のリスク」が想定できなくなります。

 1つの仮説に頭がいっぱいになった状態で想像力は発動しません。仮説は仮説。そこに飛びつかずに、「そうではない可能性(仮説)」も必ず考えるようにします。

CTを撮る利益ーーーーーCTを撮るリスク

CTを撮らない利益ーーーーーCTを撮らないリスク

と両方の利益とリスクを考えると4つの可能性、2╳2のマトリックスができます。

 最初は必ずこのような「やる」「やらない」と「利益」「リスク」という2╳2の表を作る練習をしましょう。そうすれば1つのリスクで頭がいっぱいになって、反対側のリスクがお留守になる誤謬を回避できます。同じように、ワクチンを打つ利益、打つリスクを考えるときは、逆のワクチンを打たない利益、打たないリスクも必ず考えましょう。こういう思考ができないと、“トンデモ”になってしまい、ファンダメンタルな(原理主義的な)ワクチン反対派になってしまいます。そういう一方向のリスクばかりにこだわっているとだんだん被害妄想的になり、すべてはワクチンのせい、郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのもみーんなワクチンのせいとか言い出しかねません。言わないか。

 慣れてくれば、このような2╳2=4つのマトリックスよりもさらに多くの可能性を想像できるようになります。

CTではなくレントゲン写真ならどうか。

喀痰検査だったらどうか。

予防的に抗菌薬を出すのはどうか。

 ほらね、いろいろ出てくるでしょ。このようにifをどんどん想定していきます。起こりうることはすべて検証するのが肝心です。

 検証するためにはデータを参照しなければなりません。そこで先行研究が必要になります。論文を読むことが必要になります。論文を読むには英語力が必須です。英語についてはまたあとでお話しします。

『考えることは力になる ポストコロナを生きるこれからの医療者の思考法』

岩田健太郎 著
照林社、2021年、定価1,430円(税込)
ご注文・詳細はこちらから(照林社ホームページ)