父を失う恐れからくるAさんの混乱を整理する

 私は、Aさんが父親のがんの事実に動揺し、説明内容を理解することが難しい状況にあると考えました。またそれには、Aさんの身近にがん体験者がいないことや、自分で解決しようとする対処が影響していると推察されました。

 Aさんは弟と電話で相談してはいましたが、“ステージⅢの肝臓がんであること”、また“告知するかしないか”“治療するかしないか”という断片的な情報の共有になっていました。 そして、患者である父親本人の意向が不明のまま、今後の治療や療養の意思決定が行われようとしていることが危惧されました

再度の病状説明で現れた向き合う姿勢

 後日、私はAさんに「弟さんと一緒に、先生に治療のくわしい話を聞きませんか」と提案しました。Aさんからは「弟は仕事が忙しいから」とすぐに返事は返ってきませんでした。

 私は、診察に同席し、安心して質問でき、病気や治療をイメージしやすいように支援すること、MSW(医療ソーシャルワーカー)と連携して父親の生活面も支援することを説明しました。すると、Aさんは同席を希望されたため、医師に相談し面談の場を設定しました。

 次の受診日、Aさんは弟と一緒に来院し、医師からの病状、治療方針と内容を聞き、肝動脈化学塞栓術(transcatheter arterial chemoembolization 、TACE)の適応だが根治は困難で治療効果がない場合もあること、しかし治療をしない場合は肝破裂で急変の恐れもあることの説明を受けました。

 私は、Aさんの積極的に質問する姿と「よくわかりました。治療はもう少し考えたい」という言葉から、Aさんは病状や治療をイメージできるようになってきたと思いました。

 病状説明後、私は「厳しいお話でつらかったですね」とAさんに言葉をかけました。すると、Aさんは「仕方がないです、本当のことだから。先生が質問にていねいに答えてくれてよくわかりました」「あのときは頭が真っ白で」「治療はせず今の生活が少しでも長く送れるほうがよいかな」と言い、がんを伝えるパンフレットに手を伸ばしていました。

 私は、Aさんが病状や治療をイメージし、父親のがんに少しずつ向き合い始めていると感じました。そこには、弟や看護師がそばにいる安心感と、病状や治療の理解が影響していると思いました。そのため私は、父親の意思について触れてもよいタイミングと思い、「お父さんにどのようにお伝えになりますか」と問いかけました。

 しかし、まだAさんはとまどっているように見えました。私は、Aさんと弟が父親の意思を踏まえて父親と一緒に治療選択ができるように、父親に病気の話をする のに困るときは遠慮なく相談してほしいこと、一緒に考えることを伝えました。

父親と家族の意思による療養の選択へ

 2週間後の再診日、Aさんと弟は、父親とともに来院しました。弟は、Aさんと相談して父親に“肝臓に腫瘍があること”を伝え、治療しないという父親の意向を確認したことを、穏やかな口調で話されました。また父親も、医師に自分の意思を伝えていました。

 私は、Aさんのやわらいだ表情から、兄弟で話し合えたこと、相談できる医療者の存在が父親の意向を踏まえた治療選択につながったと思いました。

 父親はかかりつけ医のもとで療養することになりましたが、Aさんは病状悪化時の対応に不安をもっていました。今後の父親の病状として、肝破裂による急な腹痛の出現、活動性の低下が予測されたため、私は、Aさんにかかりつけ医やケアマネジャーに相談するタイミングを伝え、当院のがん相談支援センターも利用できることを伝えました。 父親とAさんは、かかりつけ医のもとで在宅療養を継続することになりました。

共有したいケア実践事例【第24回】父の“肝臓がんの告知”に直面した長男の、医師との話し合いへの橋渡しをめぐるQ&A

この記事は『エキスパートナース』2016年8月号特集を再構成したものです。
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