この記事は『考えることは力になる』(岩田健太郎著、照林社、2021年)を再構成したものです。
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「あなた、どう思う?」の声かけが大事

 日本の医療機関はおおむね形式主義で、キーワードが仕組みにぶち込んであると満足してしまいます。「多職種連携」という言葉はどこの病院でも使っていますが、実践している病院はそう多くはありません。キーワードが単なるスローガンと化していることがとても多いのです。

 だから、多職種が集まる会議でも発言するのは医者ばかり。ナースはその次、他の医療職はおおむね沈黙……というパターンはめずらしくはありません。他の医療職が発言しまくる雰囲気をつくり、キーワードに「実質」を与えることが大事です。その「実質化」の最大の責任は医者にあるとぼくは思いますが、ナースにもできることはたくさんあるはずです。

 その一番手っ取り早い方法は「話を聞く」耳をもつことでした。会議なんかでは、「あなた、どう思う?」と発言を促し、相手の言葉に耳を傾けることが大事です。もちろん、必要なときは「それって看護部的にはちょっと……」と立場性を出すことで、発言を否定しないことも大事です。

 ちなみに、「あなた」という二人称は手持ちの辞書(大辞林[三省堂]『スーパー大辞林3.0アプリ版』)によると、「きみ」の軽い尊敬語。やや気がねのある、ある距離を置いて接する場合に同輩または同輩以下の人に対して用いる。普通、目上には使えない。「─はどうなさいますか」親しい男女間で相手を呼ぶ語。特に、夫婦間で妻が夫を呼ぶ語。「─、ご飯ですよ」〔相手が女性の場合「貴女」、男性の場合「貴男」とも書く〕とあります。

 時に「同輩以下」に使うこともあるので、必ずしも尊敬語ではないことに要注意。「あなた、どう思う?」も上手なイントネーションで使わないと、相手を見下げた発言になってしまいます。声のトーンやイントネーションは、メッセージを相手に伝えるうえでとても重要で、誤解のもとにもなりやすいです。「あなた」は特に難しい。気をつけましょう。

パートナーとの会話、成立していますか?

 で、「あなたー、ご飯よ~」の「あなた」は配偶者に用いる「あなた」です。先ほど、「配偶者との対話」は役に立つ、という話をしました。どういうことでしょうか。

 まずはその前に“そもそも”論。そもそも、皆さん(に配偶者や彼氏・彼女がいたとして)、会話、成立していますか?夫婦の間に会話がない、という夫婦は案外多いのだそうです。新婚当初はあんなに仲がよかったのに、子育てやあれやこれやに奔走しているうちに、時間がたって“なあなあ”な関係になって会話がなくなる、という夫婦はめずらしくありません。

 で、そんな場合、夫婦間のコミュニケーションをもっとよいものにしたいと思いませんか?余計なお世話ですか?

 夫婦円満の鍵はコミュニケーションです。そして、夫婦のコミュニケーションはコミュニケーションの基本形です。医療におけるコミュニケーションもその延長線上にあるのです。夫婦間のコミュニケーションがうまくいかないのに、医療現場でのコミュニケーションがうまくいくはずがありません。

 「そんなことはない、うちはダンナとの会話はゼロだけど、職場でのコミュニケーションはうまくいってる!」という方もいるかもしれません。

 しかし、それは「うまくいっている」の基準が低いからだとぼくは思います。

「うちはちゃんとできてますよ」は、できていないことのあかし

 ぼくは感染症屋なので、いろいろな病院の感染対策を見せてもらう機会があります。そのとき“わずか数秒で”この病院の感染対策はうまくいっているか、イケてないかを見きわめる方法があります。

 その病院の感染対策責任者や病院長に、「おたくの感染対策、いかがですか」と聞けばよいのです。

 「うちはちゃんとできてますよ」と言われれば、そこはほぼ全例“ちゃんとできていない”病院です。
 「うちはがんばっているんですが、まだまだです」と言う病院はかなり“ちゃんとできている”病院です。“できている”のハードルの高さが低い病院はマニュアルを作って、加算の要件を満たせば“できた”と勘違いしてしまうのです。“ちゃんと”感染管理を行うのがいかに難しいか熟知している病院は、理想的なゴールがまだまだ遠いことを知っているから「うちはまだまだ」となるのです。

 コミュニケーションも同様で、「私は医療現場でコミュニケーションちゃんとできてますよ」という医療職は(ナースに限らず)、ほぼ全例、コミュニケーションに改善点がたくさんあります。「できる」のハードルが低いのです。

 ロジカルに考えるためのスタート地点は「言葉の意味を、本当の意味を考える」ことにあります。表面的な“できる”という言葉に満足せず、“できる”という主観的な表現がいったい何を意味しているのかを考えると、前述のような、一見逆説的な結論が導き出せるのです。これはほとんどすべての領域について使える、ある種、必殺の評価方法です。ぜひ試してみてください。

『考えることは力になる ポストコロナを生きるこれからの医療者の思考法』

岩田健太郎 著
照林社、2021年、定価1,430円(税込)
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