9月に発売された『自立と生活機能を支える 高齢者ケア超実践ガイド』(前田圭介、永野彩乃 編、照林社発行)では、高齢者が直面する機能変化にスポットを当て、適切な評価とケアの方向性を解説。高齢者ケアにかかわるすべての専門職が活用できるガイドブックです。
今回は特別に試し読み記事を公開!テーマは「口腔ケア」です。
口腔ケアの目的と分類
口腔の衛生状態は歯周病やう歯などの歯・口腔疾患と、呼吸器疾患、糖尿病、心血管疾患などの全身性の疾患の悪化にかかわりがあるため、口腔ケアの重要性は一般的にも認識されています。看護においても、「患者の口腔内の状態は看護ケアの質を最もよく表すもののひとつである」1)とされています。これらより、口腔ケアは介護・医療職のケア技術の1つとして、疾病予防・回復には欠かせないものです。
口腔ケアは、ケア内容の視点からみると、「器質的口腔ケア」と「機能的口腔ケア」に分類されます。「器質的口腔ケア」とは、口腔衛生状態の改善のための口腔清掃を目的としたものです。一方、「機能的口腔ケア」とは、口腔機能の維持・回復を目的としたケアであるとされています2)。器質的口腔ケアを重視した内容が一般的には知られていますが、口腔機能が低下しやすい高齢者においては、器質的口腔ケアだけでなく、機能的口腔ケアを加えた、日常ケアが重要となります。
また、高齢者は、歯周病やう歯による歯の喪失、疾病などによる身体機能の低下など複雑な問題をもっているため、口腔ケアに対し困難さを抱きやすくなっています。高齢者にかかわる、介護・医療職には、口腔ケアに関する知識と技術をもち、高齢者を支えていくことが大切になります。
義歯の管理
高齢者では歯の喪失による義歯の使用が増えています。義歯は、喪失した歯や歯周組織の形態的または、機能的な回復を補うという目的とともに、続発する疾病を予防するという役割を担っています。また、義歯を不潔な状態のまま使用すると、義歯性の口腔カンジダ症*を発症することもあり、義歯を清潔に保ち、よい状態で使用できるように管理することが重要になります。
*口腔カンジダ症:免疫力の低下などにより常在菌間のバランスが崩れ、カンジダ菌が異常に増殖し、病原性を発揮することにより発症する。
①洗浄
義歯を清潔に保つために、日々の機械的・化学的洗浄を行います。
機械的洗浄とは、義歯表面のネバネバしたバイオフィルムを物理的に義歯ブラシなどを用いて除去することです。歯ブラシを使用する場合もありますが、歯ブラシの毛先が義歯に対してやわらかいため、歯ブラシの毛先のほうが痛みやすくなります。義歯は、義歯用のブラシを使用したほうが、細かなところまで効果的に洗浄できます。
化学的洗浄とは、義歯洗浄剤で義歯表面に残された目に見えない微生物を洗浄・殺菌することです。洗浄だけでなく口腔粘膜にかかる圧迫を解除するという点においても、夜間には義歯を外し、義歯洗浄剤に漬けておくことが大切です。
高齢者では、経済的な問題や義歯の管理が面倒になるという理由から、一度作成した義歯洗浄剤入りの水を交換せずに2~3日使用している場合があります。このような管理方法では、逆に義歯に細菌が増えてしまい、不潔な状態になる可能性があります。そのため、化学的洗浄を毎日新しい義歯洗浄剤を使用し効果的に実施できているかどうかの確認も大切です。また、義歯を使用していないときでも、義歯は乾燥に弱いため、清潔な水に浸けておく必要があります。
②適合確認
義歯は本人の口に適合してはじめて効果的に使用できます。しかし、高齢者では義歯の適合が悪くなることがあり、義歯安定剤を使用される人もいます。義歯安定剤は、応急的、短期的に使用できるというメリットがありますが、長期的に使用すると、口腔内が不潔になりやすいだけでなく、かみ合わせが変化しやすくなるなどのデメリットがあります。そのため、義歯が合わなくなってきたり、義歯にヒビが入っていたり、傷がついていたりした場合などは、早急に歯科受診することが大切です。
③紛失予防
新たな義歯を作成し、違和感や嘔気などなく、食事で使用できるようになるには1か月程度の期間がかかることがよくあります。また、高齢者では義歯の作成が困難な場合もあるため、長年使用している義歯を大切にし、義歯の紛失などにも、十分気をつける必要があります。認知症の人などは、知らない間にポケットに入れていたり、ごみ箱に捨てていたりすることもあるため、高齢者の慣れ親しんだ義歯を失くさないように、義歯専用容器を使用するなど、義歯の管理を介護・医療チームで連携して行うことも重要です。
口腔ケアの実際
口腔ケアの習慣化への支援
高齢者の口腔ケアを支援するためには、高齢者自身が生活に取り入れやすい口腔ケアを本人とともに見出していくという視点が大切です。高齢者は、それぞれの人生経験を通し口腔ケアに対してさまざまな価値観をもち個々の方法で行っています。まずは、その人が口腔ケアにおいてどのような物品を用い、どのようなタイミング・方法で行っているのかということを知ることからはじめる必要があります。
そのうえで、高齢者自身が問題だと感じていることを見つけ出し、今まで行ってきた口腔ケアを尊重しながらも問題点に焦点をあて対処方法を共に考えることが大切です。そうすることで、効果的な口腔ケアを習慣化し、日常的に取り入れやすくなります。
また、介護・医療職がよいと思う手法を一方的に指導することのないように注意しましょう。
事例から考える:夕食後に歯みがきをする習慣がなかったAさん
高齢者では、歯間に汚れがたまりやすく、毎食後の口腔ケアや歯間ブラシなどを用いた歯間のケアがより大切になります。しかし、Aさんは、もともと歯みがきを朝食後と昼食後にしかする習慣がありませんでした。加えて、使用していた口腔ケア物品は、歯ブラシと歯みがき粉だけでした。そのため、Aさんの口腔は口臭が強くあるとともに、歯にはプラークも多く、白色の多量の舌苔の付着も認めていました。これらより、口腔カンジダ症の可能性も考えられ、口腔ケアに対しての課題がありました。

夕方から寝る前の生活行動を知る必要があると考え、Aさんに確認すると、「夕ご飯は食べていないから、歯みがきはいらないと思っていた。夕方から寝るまではチビチビお酒を飲んで、ポテトチップスなどをつまんでいる。テレビを見ながら知らない間に寝ているよ。口臭は気になるから、マウスウォッシュをちゃんと使っている」とのことでした。
Aさんは、食後の歯みがきの必要性は認識していましたが、お酒やつまみは食事と認識していなかったため、夕食後や寝る前の口腔ケアの必要性を感じていませんでした。しかし、口臭に対しては問題意識をもっており、なんとか対処しようと考えていることがわかりました。市販のマウスウォッシュは、口腔内の細菌を減らし、虫歯や歯周病、口臭をケアする効果がある一方、アルコール成分が含まれていることが多く、口腔内の乾燥の原因になることもあります。また、歯に付着しているプラークを除去するには、マウスウォッシュでは困難であり、ブラッシングによる機械的清掃が必要です。
そこで、Aさんの行っている行動を否定せずに、マウスウォッシュを使用している取り組みに対しては認め、Aさんが問題と感じている口臭予防に焦点をあて、説明と提案を行いました。まず、口臭の原因が歯のプラークにあること、夕食以降の飲食がプラークを増加させていること、睡眠中は唾液分泌が減少するため、夜間に口腔内の細菌が増加しやすくなることなどを説明しました。
提案①Aさん自身で口腔ケアを効果的に行えるように、歯ブラシをヘッドの小さめのものへ変更し、ナイロン毛の舌ブラシを使用する
提案②カンジダ予防効果が期待できる口腔用ジェルを歯みがき粉として使用する
市販の歯みがき粉にも口腔乾燥の原因となるアルコール成分などが入っているものが多く、免疫力の低下している高齢者の口腔ケアには適さないものも多くあります。ネオナイシン®やヒノキチオールの成分が含まれている口腔ケア用のジェルは、抗菌作用が期待でき、歯みがき粉をこのような成分を含む口腔ケア用ジェルに変更するだけでも、口腔カンジダ症予防効果が得らえることがあります。
提案③眠くなる前に口腔ケアを行う
その後、Aさんの口腔環境は改善傾向を認めています。
- 1)ヴァージニア・ヘンダーソン著,湯槇ます,小玉香津子訳:看護の基本となるもの.日本看護協会出版会,東京,2016:16.
2)日本摂食嚥下リハビリテーション学会編:日本摂食嚥下リハビリテーション学会 eラーニング対応 第4分野摂食嚥下リハビリテーションの介入Ⅰ口腔ケア・間接訓練 -Ver.3.医歯薬出版,東京,2020:4.

自立と生活機能を支える
高齢者ケア超実践ガイド
前田啓介、永野彩乃 編
B5・304ページ、定価:3,850円(税込)
照林社
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