9月に発売された『神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる』は、神経難病のケアについてわかりやすくまとめた1冊。経過と症状に応じて患者さんをどう支えればよいのか、具体的に解説しています。
今回は特別に、試し読み記事を公開。テーマは「コミュニケーション機能障害」です。この機会にぜひチェックを!
神経難病におけるコミュニケーション機能障害
日常生活や社会活動のなかで、必要な情報を取得・利用すること、意思表示をすることは、人々の基本的な権利の1つです。筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)や多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)、脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)、パーキンソン病(Parkinson’s disease:PD)などの神経難病では、随意運動機能障害から音声機能や書字機能などが障害され、言語的コミュニケーションによる意思伝達に支障をきたします。
コミュニケーション機能障害は、生命維持に直結する問題ではないため、呼吸や栄養などに比べ優先順位が低くみられがちです。しかし、難病とともに生きる人が、周囲の人と対話し、自分の意見を表出できるように支援することは、その人らしく生き、社会の一員として在(あ)ることを保証し、自律性と尊厳を維持するために重要なことです。
ここでは、難病患者のコミュニケーション機能障害の特徴と、障害された機能を代替するためのさまざまな拡大・代替コミュニケーション(augmentative and alternative communication:AAC)の手段と適用について述べます。
AACを導入し、病状が進行してもコミュニケーション機能を維持するためには、福祉制度の活用や、他の専門職種との連携が欠かせません。コミュニケーション支援にかかわる福祉制度と専門職の役割にも言及します。
思いを他者に伝えることは、その人らしく生きるうえで、重要な意味をもちます。患者さんが伝えようとしていることを時間をとって聴こうとし、受け止めることは、看護の基本です。しかし、臨床の場面では難しいこともあります。難病患者が「伝えられる」ことを維持継続するため、看護師の役割を改めて認識し、活動していきましょう。
症状の特徴や変化
言語コミュニケーションは、構音、呼吸、認知、運動など複数の機能が統合され、対象者との相互作用で成立するものです。神経難病では、構音、発声、書字、身体表現(ジェスチャー)などが段階的に障害され、言語コミュニケーションが阻害されます。進行性疾患であるため、意思表出ができなくなる前に対処法の選択肢を持てるよう、先をみすえた支援を行うことが重要です。
ALSの場合は構音器官(口唇、舌、軟口蓋、咽頭、喉頭など)の運動麻痺による構音障害や呼吸機能の低下から、発語が不明瞭になります。MSAやSCDなどの場合は運動失調性の構音障害が起こり、声の強さや間隔が不規則になります。
病態は異なっていても、神経難病におけるコミュニケーション機能障害の初期には「呂律が回らない」「聞き取りにくいと言われる」などの症状が出現します。
呼吸機能障害が進行すると、発声が難しくなってきます。人工呼吸器を装着し長期療養するALS患者の一部は、さまざまなAACを用いても意思疎通できなくなる状態(TLS[totally locked-in state]完全閉じ込め状態)になったという報告がありますが、長期間コミュニケーション機能が保たれる事例もあります。
呼吸・運動機能障害以外に、認知機能障害が理解や意思表出の困難につながる場合もあります。また、人工呼吸器装着に伴い、中耳炎による聴力障害が起こる場合もあるため、コミュニケーションが困難であることの背景までアセスメントする必要があります。

アセスメントのポイント
ALSの日常生活機能の評価として広く用いられているのは、ALSFRS-R(amyotrophic lateral sclerosis functional rating scale-revised:改訂ALS機能評価尺度)です。このうち、言語機能と書字機能の2つが、コミュニケーション能力に関連した項目です。
また、病状が進行し何らかのAACを導⼊している場合は、意思伝達能力障害stage分類を用いてアセスメントできます1)。
看護のポイント
早期に支援を開始する
現在のコミュニケーション方法で十分に意思疎通ができるうちに、病状の進行を予測し、意思伝達手段を複数確保しておくことが、患者さんや家族の不安軽減につながります。
そのためには、患者さん自身が、複数の意思伝達手段を身につけることの必要性や目的を理解して取り組む必要があります。医師から疾患の告知や経過の説明をするとき、コミュニケーション機能障害と対処方法についても伝えることで、早期に支援が開始できます。
AACの早期導⼊は、疾患が進行した状況でのコミュニケーションスキルを向上させる機会を与え、ストレスやうつ状態を減少させ、患者さんと介護者のQOL(quality of life:生活の質)を改善する効果があるといわれています。
コミュニケーションの目的を明確にする
さまざまなAACが開発されていますが、機器を導⼊することだけがコミュニケーション支援ではありません。使用者の意欲と機能が保たれていることや、患者さん・家族にとって負担のない方法であることが重要です。
患者さんが日々の生活で「誰と」「何を」「どのような状況」でコミュニケーションをとっているか聞き、今後の生活でもそれが続けられるように考えていくことが、1人ひとりに合ったコミュニケーション支援につながります。
患者さん自身の目的(下記)を明確にすることで、新たなコミュニケーションの獲得に向け主体的に取り組むことにつながります。
また、AACを利用することで、ALS患者の自立性が⾼まり、うつ症状や⼼理的苦痛を軽減する効果や、患者さんの社会参加とQOL向上を可能にすることなどが、先行研究で明らかにされています。
コミュニケーションの目的の例
●ケアしてくれる人に要望を伝えたい
●家族や身近な人と会話を楽しみたい
●遠方にいる家族や友人とメールでやり取りをしたい
●インターネットを閲覧したい
●自分の考えや作品を発信したい
患者さんに合ったAACを選択・導入する
神経難病のコミュニケーション機能障害に対して、さまざまなAACがあります(表1)。いずれの方法も、患者さんの随意運動が保たれている部位を活用し、合図や機器の入力操作を行うものです。

IT機器を用いないAAC
電子機器や複雑な道具を用いない方法として、口文字や文字盤があります。
いずれの方法も、発信者(患者さん)が伝えたい文字を選定して合図(まばたきなど)するのを、読み取る受信者(介助者)の存在が必要です。そのため、発信者と受信者双方の技術習得が必要ですが、まずは使いはじめてみてください。
口文字や文字盤などの非エイドあるいはローテクノロジーエイドは、外出先や災害時など電源が確保できないときにも簡単に利用できます。
また口文字や文字盤を利用したコミュニケーション方法を理解しておくことで、病状が進行した際に利用が想定される意思伝達装置の操作方法の理解にもつながります。
文字盤を使用する場合は、コミュニケーションに十分な時間をかけ、必要に応じて内容を記録します。
MSAなどで小脳失調に伴う測定障害や振戦がある場合は、文字を囲う枠を少し高くして文字を特定しやすくするなどの工夫が必要です。
IT機器を用いたAAC
IT機器を用いたコミュニケーション手段として、パソコンやタブレット、専用機器としての携帯用会話補助装置などがあります。
これらのIT機器は、随意的な身体活動があり、それを電気信号に変換させることができれば、入力スイッチとしてパソコンや意思伝達装置に接続し、操作することができます。
図1に、入力スイッチの例を示します。なかでも、視線検出式のAACは、数秒間文字を凝視することで選択でき、文章作成に要する時間の短縮化が期待されています。ただし、長時間の使用で眼精疲労が起こる可能性もあります。
発声が可能な時期に自分の言葉やフレーズを録音しておき、パソコンなどで作成した文章を読み上げるようにする技術もあります。

AAC導入のための機能評価
個々の病態や経過によって、障害の状況は異なります。難病患者のコミュニケーションを確保するためには、認知機能、視覚や聴覚などの感覚機能、随意運動が可能な部位(表情筋や瞬き、眼球運動なども含む)の残存機能などを総合的に評価する必要があります。そのうえで、随意運動を入力動作に変換できるスイッチの適合を行います。
振戦などの不随意運動が強いと、入力操作が困難になり、AACの利用が難しい場合もあります。
AACの選択と留意点
IT機器の選択には、本人の身体機能のみならず、家族介護者の支援の状況や、必要なコミュニケーション場面・相手を含めた生活環境でのニーズとの整合も必要です。
また目的に合わせた方法を選択することはもちろんですが、患者さんの負担が少なく、安定的に操作できる部位を特定するのも、支援者に必要な技術の1つです。
例えば、選択のポイントとして、以下のような点が挙げられます。
●患者さんのこれまでのパソコンやスマートフォンの使用経験を生かす
●使用時の姿勢保持や環境調整、機器の設定に負担が少ない
コミュニケーション支援に関連する公的支援制度
コミュニケーション支援には、AAC機器の入手などの物的支援と、コミュニケーション方法の指導や調整などの人的支援(下記)が必要です。このような支援に関連する公的制度について述べます。
人的な支援に関する制度
●障害者ITサポートセンター
●難病相談・支援センター
●入院コミュニケーション支援事業:難病などで意思疎通に支障がある人の一時入院の際にヘルパーが病室でコミュニケーション支援を行う
物的な支援に関する制度
重度意思伝達装置などのハイテクノロジーエイドの多くは、障害者総合支援法に基づく公費支給の対象です。政令で定める特殊な疾病(指定難病とほぼ同一)の場合は、診断書で対象疾患であることが確認できれば、身体障害者手帳を持っていなくても利用申請が可能です。
制度では、音声による意思疎通困難および運動機能障害により機器操作が困難な状況にある人を対象に、重度障害者用意思伝達装置の購入や、借り受けの補助が受けられます。機器本体に加えて、身体機能に合わせた入力スイッチや、負担のない姿勢で使用できるための架台など、個々の療養環境に合わせた準備が必要です。
ALSなど病状の進行が予測される場合は、早期支給を申請することもできます2-3)。支援事業の実施主体は市町村で、地域独自の制度を実施しているところもあります。病院のMSWや保健所の保健師に相談し、地域で利用可能な福祉制度を適切に活用しましょう。
難病患者の機能評価やAAC適合、導入時の使用指導、利用維持を目的とした調整などは、医療機関や地域の専門家の協力を得ましょう3)。
コミュニケーション支援における多職種との連携
難病患者の残存機能評価に合わせたコミュニケーション方法の検討、環境整備、AACの導入とコミュニケーション機能の維持継続に向けた調整や指導などを行うには、医療・保健・福祉の多面的な支援が必要です。
コミュニケーション支援においては、さまざまな専門職が関わるだけではなく、一貫した支援方針をとるために、専門職種間で情報共有と相互補完などの連携も求められます。
関連する主な職種と役割を図2に示します。

経過に応じたコミュニケーション支援の実際
ALS患者の経過をコミュニケーション機能の視点で、準備期、利用期、困難期の3つの時期に分け、それぞれの支援について述べます4)。
AAC準備期
障害が軽く、言語的コミュニケーションが可能な時期です。コミュニケーション機能障害に対する支援は現在と先を見すえた早期からの対応が重要です。
病状が進行してAACが必要となることに備え、予測できる経過や予後を見越した説明を行います。さらに、パソコン操作などの習得や操作性の改善を行い、AACとしての利用を想定した支援も視野に入れます。
AAC利用期
何らかのAACを使用する時期です。残存機能や随意的な身体活動を評価し、AACの導入や、入力方法の検討を行います。
病状の進行によって、利用している機器や入力装置(スイッチ)の不適合が生じ、AACの使用時間や頻度が低下する場合があります。そのため、おおむね半年ごとに身体機能を再評価し、入力方法の見直しや調整を行い、コミュニケーションを維持・継続させる支援が求められます。療養にかかわる多職種
で情報の共有を行い、必要な支援につなぎましょう。
AAC困難期
随意的な機器操作が困難になります。そのため、患者さんの微細な表情の変化や生体信号などにより意思確認を行う場合があります。
- 1)林健太郎,望月葉子,中山優季,他:侵襲的陽圧補助換気導入後の筋萎縮性側索硬化症における意思伝達能力障害 -Stage分類の提唱と予後予測因子の検討-.臨床神経2013;53(2):98-103.
2)日本リハビリテーション工学協会編:「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドライン2019年度改定版.
https://www.resja.or.jp/com-gl/gl/pdf/isiden_2020-1of2.pdf(2024.7.31アクセス).
3)井村保編:神経疾患患者に対するコミュニケーション機器導入支援ガイドブック. https://rel.chubu-gu.ac.jp/files/2016-rep/guidebook-all.pdf(2024.7.31アクセス)
- 1)永坂充:筋萎縮性側索硬化症患者とのコミュニケーション.脳神経内科2020;93(3):356-361.

神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる
中山優季、原口道子、松田千春 編著
髙橋一司 医学監修
B5・248ページ、定価:4,070円(税込)
照林社
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