この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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 術後に正常値化していた腫瘍マーカーが再上昇し、画像診断でもリンパ節と肝臓に新たな転移巣の出現が認められました。せっかくある程度術後を乗り切ったのに、もはや……という落ち込みもありましたが、落ち込んでいてもしかたがありません。局所療法として放射線治療、さらに抗がん剤治療としてオキサリプラチンと5‒FUを用いた治療を行うことになりました。

実際に「神経障害」を体験してみて

 抗がん剤治療といえば、その有害事象が気になります。特に、自分自身がこれまでに数多くの大腸がん患者さんに投与してきたオキサリプラチンでは神経障害がほぼ必発ということで、心配しながらも、自分で経験できることに興味津々な面もありました。

 実際に1回目の治療の終了後にうっかりとして冷たいものを口にした瞬間、口のまわりがピリッときてしばらく動かしづらい状態が続き、「これがそれなんだ!」と妙に納得したのを覚えています。また食べものの温度に関係なく、終了後1、2日は開口時に耳下腺近くの痛みも認めました。
 
 2回目の終了後しばらくしてから、指先のしびれ感に加えて少しずつ、特に下肢の脱力感を認めるようになりました。

 自分では気づきませんでしたが、まわりから見ると右足を引きずっているように見えたようです。その後、歩いていると右足先が地面に引っかかることに気づき、整形外科を受診したところ、「おそらく薬剤が原因の右足の腓骨神経麻痺」との診断を受けました。
 
 そして3回目の投与が終わりそろそろ4回目をどうするか?という時点では、特に下肢の脱力感が増悪しており、しゃがんだ場合には何かにつかまらないと立ち上がれない状況になりました。有害事象の評価としては「グレード2」(有害事象にて生活上のQOLが損なわれる)というより「3」(QOLが著しく損なわれる)に近い状況です。

 大腸がんの治療では、オキサリプラチンを使用すると平均的には6~8回ぐらいで「グレード2」の有害事象が出現することを前提にして、いかに「グレード2」「3」にしないように治療を続けるか?をポイントに治療を行ってきました。

 ということで、本来であれば延期、もしくはオキサリプラチンを抜いた治療を選択すべき状況でしたが、まだ回数が少ないこと、そして素人考えのようですが何よりもオキサリプラチンを抜いて5‒FUだけの投与になることが心配であったので、主治医と相談のうえ、減量して治療に臨むことにしました。

右足そして左足…想像以上のしびれ!

 4回目終了後の3日目の朝、起きたときに左手先がうまく動かないことに気づきました。背屈をしようとしてもできない……いわゆるドロップハンドの状態でした。右足のことがあったので、即座に左手の橈骨神経麻痺だとわかりました。

 これまた経験してみるとわかりますが、自分の意思で背屈できない状態、いわゆる「手先がブランとした状態」は、足先以上に気持ちが悪く、歯がゆい状態で非常に気になります。
 
 その後、整形外科で装具をつけてもらい固定することで少しは落ち着きましたが、QOLは当然ながらかなり低下してしまいました。何よりも4回目の投与が終わってかなり早期に左手の麻痺が出現したので、それからしばらくの間は「もし利き腕である右手も麻痺したらどうしよう?」「左足も麻痺したらどうなるんだろう?」ということが頭から離れず、心配で夜眠れない日々が続きました。
 
 現在は健側のほうにもかなりの脱力感を認めますが、実際の麻痺は左手と右足だけにとどまりました。QOLはかなり落ちていますが、家族や周囲の手助けのもと介護用の靴などを使いつつ、転倒などでこれ以上QOLを損なわないように生活をしながら、首を長~くして麻痺の回復を待つ毎日です(苦笑)。

比較できる?有害事象と治療効果

 今回治療を受けながら感じたのは、やはり有害事象と治療効果の問題です。

 予想以上に有害事象がひどかったからといって、治療を継続したことに後悔はそれほどありません。現在、それなりに治療の効果が認められているためです。オキサリプラチンを入れなかった場合にはどうなったか?これは「神のみぞ知る」です。少なくとも、マイナスの部分とプラスの部分を差し引いて考えても、「やってよかった」と思う結果となっています。ただし神経障害がひどくなり、かつ効果がなかった場合には……。おそらく後悔しか残らない可能性があります。
 
 今後も治療を継続していくうえでいろいろな選択が必要になるものと思われますが、いつもよい結果がついてまわるはずがありません。もう一度やり直しはききません。当然ながらそれは、医療のことをよくわからないかもしれない一般の患者さんも同じです。

 医療者であり(であった?)患者である自分自身の経験から言えることは、繰り返しになりますが、患者さんの残された人生、そしてそのQOLを大きく左右する治療を行う医療者の責任は本当に重大だという認識をもたないといけない、ということです。

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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