Aさんのご自宅での様子と、伝わってきた葛藤

 私はAさんに会いに訪室しました。そして、Aさんについてよいケアを考えていきたいことをお伝えし、入院中の困りごとはないかをうかがうと、「俺は危険人物だ」と言い、表情をこわばらせていました。

 医療者に対して不信感を抱いている様子が感じられ、このままでは治療・ケアを受けられる環境ではなく、Aさんと医療者の関係に溝が深まってしまう恐れが考えられました。

 私は、Aさんが自分を「危険人物」と感じていることを受け止め、なぜそのように思われるのかをうかがっていくと、「ベッド柵で囲われて自分が危険人物として扱われている不信感」「家では自立している動作に対しても介助を受けることへの抵抗感」「摂食指導や介助の場面で、“○○してはいけない”と自分より歳の若い看護師に指示を受ける状況に屈辱的な感情を抱いている」ことを語られました。

 思いを聴かせていただいたことに感謝の気持ちと、このような思いを抱かせてしまっていたことに謝罪しつつ、Aさんと一緒にケアについて考えていきたいことをお伝えしました

 また、自宅での生活状況をうかがうと、6年間、徐々に身体機能が低下していく進行性核上性麻痺と向き合いながらも前向きに生きてきた自負があり、Aさんは「何ごとも前向きに」と語りました。自宅では、できる限り妻の手を借りなくても生活できるよう、手すりや衝立(ついたて)などさまざまな工夫をして生活してこられたそうです。

 Aさんは大手の企業に勤め、工場長まで勤め上げたのち、ご自宅で自叙伝の作成、書道など趣味に力を入れてきたそうで、ご自宅の自室はご自身の作品でいっぱいになっているとのことでした。

 「自叙伝を完成させたい」と笑顔で語られるAさんの姿は、とても生き生きとされていました。しかし最近は、パーキンソニズムの増強、構音障害、嚥下障害が目立ち始め、今後についての不安や、さらに介助を要し依存することへの葛藤を抱いていることが語られました。
  妻は、「とてもがんこな人。自分のことは自分で決める。病気になってもそれは変わらない。大変だけど、できる限り支えたい」と、Aさんとともに歩んでこられた様子でした。

生活環境の整備・摂食嚥下ケアを「ともに考える」

 Aさんについて病棟看護師に伝え、Aさんの「病気への向き合い方」「自宅での生活の工夫」について共有しました。

 そこでは、病棟看護師は転倒を回避させたい思いから、Aさんに対して“説明してもわからない、病識がない、危険の認識が低い人”と決めつけた見方をしてしまうことで、Aさんの行動の真意をつかめず、どうしたらいいだろうと苦悩していることがわかりました。

 また摂食指導では、指導マニュアルを中心とした指導となり、これまでの食事形態や工夫点などを取り入れていませんでした。病棟看護師は転倒や誤嚥などのリスクにとらわれ、患者との関係性を築くうえでの困難さを感じ、どうかかわっていったらよいか見失っていました。

 そこで、家での生活環境の確認を行い、理学療法士と連携してAさんが“ 1人でできるADL”を、病棟看護師とともに確認しました。これにより、自室内自立とすることができました。

 また、自宅と同じような環境で、かつAさんが安全に行動できるよう、ベッド柵は常に乗り降りできるようL字バーを設置し、尿器の保管位置や車椅子の位置などAさんと相談しながら行動範囲に合わせて設置して、生活環境を整えました。 摂食指導においては、妻のやり方を見守るとともに、これまでの不安な点を確認して改善策や注意点を考え、自宅でよく作るメニューに合わせた嚥下食の作り方を考えていきました。