触れながら聞くことができたAさんのお話

 Aさんの入室時の身体の動きのぎこちなさは、痛みとともに引き続く緊張もあると考え、他者に触れられることでAさんが自身の緊張を自覚できる効果を試したいと思いました。

 また痛みの部位や範囲、程度を具体的に理解したかったために、私は「少し肩に触れてもいいですか?」と声をかけ、Aさんの肩に触れました。

 ソフトに手のひら全体で圧をかけるように背部全体をマッサージしてみると、Aさんは「ああ、温かくて気持ちいいです」「お風呂に入っているときもとても気持ちいいのですが、最近はそれも、お尻の骨が痛くて、浴槽の底に座れなくて、いい時間でなくなってきました」とお話しになります。

 Aさんの肩甲骨部に圧をかけても、痛みは生じませんでした。両肩部は内巻肩のように肩甲骨も広がってしまっていたため、痛みに注意しつつ、深呼吸を促しながらゆっくりと、胸郭を拡げるようにアシストしました。

 そのとき、それまでそっと見守っておられた奥さまが、「ああ、拡がった拡がった」とうれしそうに声を出され、Aさん自身は「ああ、気持ちいいですね~」と身を任せてくれているようでした。

 そのまま私は上半身を中心に、漸進的筋弛緩法(ぜんしいんてききんしかんほう)を実施しました。その間、Aさんからは、いくつかのお話を聞くことができました。

 安定した体位がみつからない眠れない夜のつらさ。主治医に痛みについて伝えたとき“いい顔をされなかった”と感じており、それ以上はたびたび痛みについて伝えることを遠慮してしまったこと。エチゾラム(デパス®)の内服はあまり効果を感じずやめてしまったこと。

 主治医との話については、Aさんにとっては「医師との関係づくり」も、今後、慢性期を過ごしていくうえで重要なポイントだと思いました。 また、薬の内服をやめたことについては、急に中断したのではなく本に書いてあった漸減方法を遵守されていたことから、Aさんの読書好きとまじめさを受け取ることができた情報でした。

*【漸進的筋弛緩法】リラクゼーション法の1つ。一度、あえて身体の筋肉のパーツごとに力を入れて、抜くということを繰り返す。重要なのは“緊張している今の身体”を自覚し、“弛緩できた身体”を思い出すこと。

自己コントロール感を取り戻すためにできること

 Aさんのやる気の出ない状態について、何より重要なのは、「自分自身で身体のことについて伝えたことで改善につながった」という、コントロール感をもてることだと思いました。

 Aさんの「やる気が出ない、うつじゃないだろうか」といった心配には、典型的でないとしても本人が自覚されている“痛み”をしっかりと取り上げ、疼痛緩和につなげる調整をかけ、不眠への対策も検討することがまず重要と考えました。

 また、慢性期において“症状緩和への無力感”や、“次にまた襲うであろう痛みに集中して身構えてしまう緊張感”のなか、医師と自身のことについて相談もしにくくなっているAさんの生活を受け止める必要があると感じました。これからも病気とともに生きていくAさんが自己コントロール感をもてる手立てを一緒に考えたいと思いました。

 私は、「これからは、Aさんが気の休まる時間をどうやってつくっていくか、一緒に考えるお手伝いをできるといいのではないかと思っています」と話しました。そして以下のような方針を立てました。

 「まず、1つは背中を圧迫せずに眠れる方法ですよね」

 「同時に、やはり痛みについて主治医に知ってもらいましょう」

 「その次は、背中を中心にしたリラックス方法など、日常続けられることを考えましょう」

 「そして今日できることとして、とても気持ちのよいお風呂の時間を取り戻しましょう」

 そののち、化学療法室へご案内しました。化学療法中に担当看護師と、眠れる体位について一緒に考えました。胸部圧迫感も不快なことを考慮してAさんと検討し、オーバーテーブルのような台の上にクッションを置き“抱くような体位”の案を試してみることをAさんは選択され、次回、その評価をしてみることとなりました。

 湯船につかることについても、クッション材を敷く手だてを検討し、Aさんは「ホームセンターで探してみようかな」と、奥さまと一緒に行く計画も立てられていました。

 「今まで(痛みのことを含め生活上の困難感などを)どこに相談していいかもよくわからなくて。これからもどうやって(がん相談外来に)連絡すればよいですか?」という発言もあり、もちろん私たちは予約をいただければ今後も継続して支援できること、また担当看護師からはいったん中止していた訪問看護を再開することも可能であることなどが提案されました。
 Aさんも奥さまも、外来で初めてお会いしたときよりも、少し表情が明るくなったように見えました。

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この記事は『エキスパートナース』2016年9月号特集を再構成したものです。
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