ナースは自然に「臨床推論」を行っている
私がレジデントのころ、外科患者の担当時に、ナースがフィジカルアセスメントによって急性膵炎のGray-Turner(グレイ・ターナー)徴候を察知して、緊急手術の適応であることを示唆してくれたことがありました。このナースは、意識しているかどうかにかかわらず、患者さんをみながらある種の「道筋」をたどることによって、患者さんの疾患に気づいていました。
このように、患者さんの訴えや症状をもとに、どのような疾患の可能性があり、どのような検査・治療を行えばいいのかを導き出していく思考過程を「臨床推論」といいます。
ナースは診断・治療を行う職種ではありませんが、ベテランのナースになると、ごく自然にこのような過程を理解して、医師に事前に有用な情報を提供してくれることがあります。特に現在、国をあげて強力に推進が図られている特定行為研修を修了したナースには、この「臨床推論力」が必要です。
では、ベテランナースや医師は、どのような思考過程を経て臨床診断を導き出しているのでしょうか。
この連載では、患者さんの訴えの裏に隠された疾患を見逃さないために、ナースが気をつけてみていきたいポイントを随所に紹介します。まさに、「臨床推論」に使えるヒントがたくさん詰まったものといえるでしょう。
個々の症例に入る前に、臨床推論を行う際にたどる過程を簡単に紹介しておきましょう。まず、次の症例をみてください。
●70代、女性
●主訴:意識障害。糖尿病で近医通院中。朝、起床が遅いため家族が見に行くと意識障害あり。冷汗と手指振戦もあり、救急車にて来院。
●バイタルサイン:血圧170/90mmHg、心拍数120回/分、呼吸数15回/分、体温 36.2℃
●意識レベル:JCSⅡ-30
●SpO2:97%(室内気)
●右上下肢の筋力低下あり
この症例についての、指導医と医学生の会話をみてみると…

医学生
血圧上昇と右上下肢不全麻痺があり、脳血管障害と思います。頭部CT撮影を行いたいと思います。

指導医
意識障害を呈する患者さんには、「意識障害に対するロジカルアプローチ」が必要です。次の①~➂のように進めましょう。
①まず、バイタルサインを評価しショックバイタル(収縮期血圧<心拍数)を除外(ショックであればショックへの対応を優先させる)
②病歴と身体診察の評価(四肢の冷感があればショックの可能性があるのでショックへの対応を優先させる)
➂低血糖の除外のため簡易血糖チェックを行う
☆ここで行われたのが臨床推論
その後の経過
バイタルサインと簡単な身体診察より、ショックではないと判断された。簡易血糖チェック「LOW」の結果あり、50%ブドウ糖液50mLの静注にて意識レベルがすみやかに改善し、右上下肢不全麻痺も軽快した。本人からの病歴聴取で、前日の夕食はとらずに眠前にインスリンを自己注射していたことが判明した。この結果、「インスリンによる薬剤性低血糖」の診断が導き出された。
臨床推論は2つのプロセスを経て行われる
臨床推論はどのように行われるのでしょうか。臨床推論は、「直観+分析」の2つのプロセスで行われます。
臨床推論のプロセス① 直観的プロセス
直観的プロセスは、「システム1」とも呼ばれ、迅速であり、通常正しいものです。直観的プロセスは、臨床経験や学習から学んだ知識の蓄積から行われ、経験豊富であればあるほど正確度は大きいとされています。
直観的プロセスの知識のなかで特に重要な事項を「クリニカルパール」と呼びます(下記)。経験豊富な臨床家は、無意識に数多くのパールを使って直観的に推論しています。ただし、ときにバイアスに陥る危険性があります。
クリニカルパール(脳卒中の例)
脳卒中と思われる患者さんでは、50%のブドウ糖液を50mL静脈投与するまで脳卒中と判断できない。
Lawrence M Tierney Jr.(UCSF)より
この症例では、「意識障害」に対する直観的プロセスの迅速性と正確性が示されています。低血糖の除外のため簡易血糖チェックを行うべきということは、クリニカルパールとなっているのです。
このクリニカルパールは、低血糖でも局所神経脱落症状(右上下肢不全麻痺)をきたしうることを示唆しています。冷汗と手指振戦は低血糖における重要な症状です。
また、薬剤性低血糖では、カテコラミン(アドレナリンなど)などのインスリン拮抗ホルモンが血中に動員されるため、血圧も上昇します。
臨床推論のプロセス② 分析的プロセス
直観的プロセスで解決できない場合、分析的プロセスを発動させます。分析的プロセスは、「システム2」とも呼ばれ、網羅的であり、バイアスを避けることができるものです。
分析的プロセスのツールとして、さまざまなネモニクス(頭文字による記憶法)があります。代表的なネモニクスとして、皆さんもご存じの意識障害の鑑別診断における「AIUEO-TIPS」があります。
分析的プロセスで診断を絞り込んでいくときに重要なことは、以下の「3つのC」を常に考慮することです。
・頻度の多い疾患(common disease)
・頻度は少ないが見逃してはならない重篤な疾患(critical disease)
・治療可能性のある疾患(curable disease)
また、分析的プロセスで複雑な鑑別診断を考えるときに助けとなるツールとして、VINDICATE-P(ヴィンディケートピー)もあります。
これらのツールを有効に使って、診断を導き出していきます。
実際の臨床場面で望まれるのは、シンプルケースでは直観的プロセスを使い、複雑なケースでは分析的プロセスを使うということです。この「2重プロセス理論(dual process theory)」が、実際に行われている臨床推論を説明しているといえるでしょう。
- 1.ジェローム・グループマン著,美沢惠子訳:医者は現場でどう考えるか.石風社,福岡,2011.
ナースの臨床推論【第2回】食後の嘔気・嘔吐、両下肢の脱力としびれ[Step1]症状・病歴を詳しく尋ねる
この記事は『エキスパートナース』2018年10月号特集を再構成したものです。
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