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トラウマインフォームドケアとは
●「トラウマを熟知したケア」のこと
●「4つの仮定(R)」と「6つの原理」から構成されており、 実施の際にはトラウマについて理解しておくことが重要である
トラウマインフォームドケアは、トラウマを熟知したケアのことをいい、近年医療の現場だけではなく、学校教育の場でも取り入れられるようになりました。
精神障害者の多くは、過去に何らかのトラウマ的体験をしており、病気の再発や日常生活に何らかの影響を及ぼしています。精神障害者だけではなく、筆者が以前勤めていた病院でトラウマインフォームドケアの勉強会を行った際に、多くのスタッフも何らかのトラウマ的な体験をしていました。
トラウマ体験をすると、その後もそのときのことを思い出し、苦痛を感じることがあります。これを再トラウマ体験といいます。
再トラウマ体験の引き金や、新たなトラウマ体験を引き起こすことがないようなケアが必要
私たち医療者は、すべての人に対して再トラウマ体験の引き金となることを回避し、さらに新たなトラウマ体験を引き起こすことがないようなケアを求められます。トラウマインフォームドケアは、トラウマを克服することを目的としたものではなく、誰でも過去にトラウマ的できごとを体験しているかもしれないという視点をもち(トラウマインフォームドレンズ)、理解しようとすることが重要です。
トラウマインフォームドケアを実践するには、トラウマについて理解することが非常に重要です。 今回は、米国保健福祉省の薬物乱用・精神衛生管理庁(Sub-stance Abuse and Mental Health Services Adminis-tration:SAMHSA)の概念をもとにご紹介します。
トラウマの概念(3つの“E”)
SAMHSAは、トラウマの概念を「単一のあるいは一連の出来事(event)、または複雑に絡み合った状況の結果、トラウマ体験に陥る個人に、身体的にあるいは情緒的に傷つく、または生命を脅かす体験をもたらし(experienced)、それがその個人の機能と精神的、身体的、社会的、情緒的あるいはスピリチュアルな安寧に不利な影響(effect)を及ぼし続けること」1と説明しています(下記参照)。
<3つの“E”>1,2
【出来事(Event)】
●脅威となる身体的・心理的危害を受ける体験、生命を脅かす体験、またはそれらの体験を目撃すること。(例)自然災害、暴力、事故、強姦、犯罪被害、家庭内暴力、DV、身体的虐待、心理的虐待など
【体験(Experienced)】
●それがトラウマ的な出来事かどうかを決定する
【影響(Effect)】
●身体的、社会的、心理的そしてスピリチュアルな面に対するトラウマとなるような有害な影響
(文献1,2をもとに作成)
出来事(event)
脅威となる身体的・心理的危害、生命を脅かす体験、またはそれらの体験を目撃することをいいます。また自分自身が体験したことだけではなく、目撃したり、報道などで目にしたり耳にしたりすることも含みます 。
体験(experienced)
トラウマ的な出来事かどうかを決定するのが体験です。同じ出来事を体験しても、生命を脅かす体験になる人もいるし、ならない人もいます。
そのため、「自分はたいしたことがないと思ったけれど、トラウマになる人もいるんだ」と考える必要があります。
影響(effect)
体験の後に影響が生じることがあります。
これは、身体的、社会的、心理的そしてスピリチュアルな面に対するトラウマとなるような有害な影響を言い、トラウマとなる出来事の直後に起こることがありますが、ずいぶん後になって生じることもあります。その場合は、出来事の影響であると気がつかないことがあります。
これら3つの“E”を事例に当てはめて考えてみましょう。
「物心ついたころから両親が不仲で、毎晩のように父が母を怒鳴りつけ、母がそれに対して泣き叫び言い争うのを聞いていた(出来事)。言い争いが始まると恐怖を感じ(体験)、頭から布団をかぶって言い争いが終わるのをじっと待ってから寝ていた。大人になってからも、人が言い争う声を聞くと恐怖を感じ(影響)、特に男性の大きな声を聞くと動悸がする(影響)」となります。
トラウマインフォームドケアを構成する、 4つの仮定(R)と6つの原理
SAMHSAでは、トラウマインフォームドケアを4つの仮定(R)と6つの原理を組み合わせたものとしています。トラウマについて十分に理解し、医療の現場のみならず、学校教育の現場や職員どうしの間で再トラウマ体験や、新たなトラウマ体験とならないように配慮したかかわりを行う必要があります。
これらの仮定・原理に関連して筆者の考えていることや取り組みを紹介します。
①「4つの仮定(R)」に関連して行っていること
<4つの仮定(R)>1,2
【理解(Realizes)】
●組織のすべての人がすべての段階で、基本的なトラウマについて理解し、いかにトラウマが個人と同様に家族、集団、組織、機関そして地域に影響しうるかを理解する
【認識(Recognizes)】
●組織や部署にいる人は、トラウマの症状を理解しなくてはならない
【実行(Responds)】
●組織や部署は、機能するすべての領域にトラウマインフォームドケアの原理を用いて実行する。自分たちの言動でトラウマ体験が生じていないか見直す
【トラウマ/再トラウマ体験を回避(Resist re-traumatization)】
●患者と職員の再トラウマ体験を予防する
(文献1,2をもとに作成)
精神科の現場では、患者が急に興奮したり暴力を振るったりすることがあります。筆者はトラウマインフォームドケアを学ぶまで、それを患者の状態が悪いためと考えていましたが、今は「患者の行動には意味がある」と考えるようになりました。
例えば、患者と話していて突然興奮した場合、患者に再トラウマ体験となる何らかの引き金を引いてしまったのではないかと考えます(理解:Realizes)。
その結果、自分の感情をうまく言葉で表現できず興奮や暴力に至ったのではないかと考えます(認識:Recognizes)。 そして、今後は患者が再トラウマ体験をしないようなかかわりを行います(実行:Responds)(トラウマ/再トラウマ体験を回避:Resist re-traumatization)。
②「6つの原理」に関連して取り組んでいること
<6つの原理>1,2
【安全】
●患者、家族、スタッフの安全
●身体的・心理的安全
【信用と信頼に値する透明性】
●組織の活動と決定は、患者や家族、スタッフとの信頼関係を構築し維持する
【ピアサポート】
●ピアサポーターは病気を経験した専門家である
【共同と相互性】
●患者、家族、スタッフはパートナーである
【エンパワメント、声をあげる、そして選択する】
●組織全体やサービスを受ける患者は、個々の強み(ストレングス)や経験をもつことを認識し、それを活かす
●組織は、スタッフ・患者・家族の選択の体験に重きをおくことを心がける
●個々に即したアプローチが必要
【文化的、歴史的、そして性差への配慮】
●過去の文化的な画一的な見方やバイアス(人種・民族性・性的指向・年齢・宗教・ジェンダーアイデンティティ・地理性)を改変していく必要がある
(文献1,2をもとに作成)
筆者の相談室では、話しやすい場を整えることを大切にしています。「相談室で話したことは、本人の承諾なしに家族などにも話さない」とする安心できる環境(安全)や、本人が好む飲み物を提供すること(選択する)、カウンセリングをするなかで一緒に考えること(共同と相互性)などを日々行っています。
私たちが日ごろ行っているケアや友人や家族などとのかかわりを振り返ってみると、この「6つの原理」に当てはまることを自然と行っている人は多いのではないでしょうか。
トラウマインフォームドケアと非トラウマインフォームドケア
トラウマについて理解し、意識して行うケアをトラウマインフォームドケアという一方で、トラウマについて理解しないケアを非トラウマインフォームドケアといいます。
例えば、食事がなかなか食べられない患者に「しっかり食べないと治りませんよ」と言うのは非トラウマインフォームドケアで、「食事がなかなか進みませんが、何かありますか?」など患者自身に問いかけるのが、トラウマインフォームドケアです。
筆者は「過去に威圧的な上司がいて、今でも威圧的な話し方をする人は苦手」という人とたくさん出会いました。そのため、会話のなかではもちろん、掲示物なども威圧的な表現にならないような工夫が必要です。 一度トラウマインフォームドレンズで、自身の病院の掲示物を見てみるのはいかがでしょうか。
- 1.川野雅資編著:トラウマインフォームドケア実践ガイド.精神看護出版,東京,2022:12.
2.川野雅資編:トラウマ・インフォームドケア.精神看護出版,東京,2018.
この記事は『エキスパートナース』2022年11月号の記事を再構成したものです。
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