この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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「調子のよしあし」に、浮き沈みする心

 がん治療をずっと続けていると、「調子のいい状態」と「悪い状態」が行ったり来たりします。

 単に「がん」の状態だけでもいろいろ難しい面がありますが、そこに当然ながら有害事象の状況や、(がんの状態にかかわらない)単なる体調などが絡んでくるので、ひと口に「調子」と言っても、非常に複雑なものではあります。

 しかし、やはり患者としては何でも「がん」に結びつけてしまうものです。「調子のいい状態」のときは、「もしかしてこのまま治るのでは?」などと思いますし、逆に「悪い状態」のときは、「このままだめかもしれない……」と、見かけ以上に精神的に落ち込んでしまう可能性があります。
 
 このように「気分や体調が少しよくなっているとき」に、患者に対してどのようにかかわったらよいか?逆に「落ち込みつつあるとき」にどうするか?──医療者がかかわる際には、十分に配慮する必要があります。

「わかったようなフリ」をしない

 そのためには、さまざまな客観的なデータのみならず、患者との日頃からのコミュニケーションが重要です。

 特に先が厳しいような状態の患者でさえ、いったん、症状などがちょっと改善した場合、頭の中では十分に理解しているはずなのに「もしかして自分は……違う?」というような気持ちになる場合があります。もちろん決して悪いことではありませんが、先のことを考えると、「よかったね、もっとよくなるといいね!」など単純に期待をもたせるような周囲からのアプローチはよくないような気がします。

 むしろ、Good newsのあとにBad newsが続くと、単なるBadで終わらずにWorse news(より悪いニュース)になる可能性が高く、その衝撃はかなり強くなることがあり得ます。

 一方で、すべてが杓子定規に当てはめられるものではなく、「自分だけは……」という不確実性があるからこそ、患者にとって闘病意欲につながる場合があり得ることも事実です。そのあたりは臨機応変に対処していく必要があるでしょう。
 
 しかしやはり、ただ単に患者の気持ちが「わかったような気になる」、もしくは「わかったようなフリをする」ことは避けるべきです。

 他の病気と異なり、がんの場合には患者は「死」というものと隣り合わせという感覚でおり、かつ根本的には他人には自分の状況をわかってもらえないということも確信している面があります。安直な同意や同情は、かえって患者を傷つける場合があるのです。

一度は、しぼみかけた意欲

 自分の場合も、昨年6月の手術後、縫合不全などで抗がん剤治療などができなかった時期に上がっていた腫瘍マーカー(CEA)が、抗がん剤治療と放射線治療を行うことによりほぼ正常域に下がりました。その後、しばらく小康状態であったときには、「もしかしてこのままいくのでは!」という気になりました。
 
 しかしながら、今年の2月になり再度上昇を認めたときには「やっぱり」という感じで現実に引き戻され、その後3月、4月と腫瘍マーカーが倍々に上がり続けると、「このまま治療ができず、先も長くない……」という気がしてしまいました。その先のつらくなっていくであろう治療や症状のことを考えて、今やっている「金沢マギー」の活動などすべてを投げ出したくなり、何もしたくないような思いが強くなり、心の底の「実現したい」という気持ちと「もうどうでもいい」という気持ちとが交錯するような感じになりました。

「何かを残したい」思いを叶えるために

 しかしその後、放射線治療が再開となり治療を継続したところ、担当医から「今月(5月)のCEAは4月より低下しているので、このままこの治療を続けましょう」と伝えられました。その後は明らかに自分の気持ちも上向きになり、しぼみつつあった金沢マギーの活動への思いがまた一気に盛り上がるのが、手に取るようにわかりました。

 このように症状(治療効果)と精神的な状態、加えて肉体的な面は、やはり強固ではないもののつながっていることを実感しています
 
 今回の腫瘍マーカーの動き程度であればまだある意味余裕がありますが、今後は当然ながらもっと大きなイベントが待ち構えているはずです。そのときにどのように自分自身が反応するか?そしてどのようにまわりからサポートしてもらえるか?―─不安ではありますが、そんなことを考えていてもしかたがないので、今回も稼ぐことができた「時間的余裕」のなかで、もう一度何ができるか、何をすべきかを自問自答し、軌道修正しながら、やはり人間として、父として、夫としてそして医師として「何かを残したい」という思いを叶えるためにも、金沢マギーを実現させたいと思います。

がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと【第13回】医者の目線、患者の目線

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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