オリンピックを見られるなんて

 がんが見つかって1年半あまり。今となってはあっという間だったような気もしますが、目の前の1日、1か月という時間の積み重ねが、結果として1年以上という時間になってきたものと思います。

 昨年の3月に肝転移を伴う胃がんの告知を受けたとき、その後、抗がん剤治療を経て手術に臨んだときは、率直に言って1年以上生きられるとは思いませんでした。「まさか、また桜が!」「また夏が!」……それこそ、まさかリオデジャネイロオリンピックを見られるとは、夢にも思いませんでした。
 
 最初の頃は、会話のなかに未来的な話題が入っていると「どうせ自分には関係ない」という気持ちがはたらき、上の空でした。同様に、相手をしてくれた人たちも「先が長くないかもしれない相手」と話すことには慣れていないはずなので変に気を遣ってしまい、おそらく今聞いてみると、ギクシャクとした会話だったものと思います。

1年半の時間がもたらしたもの…。開けていく視界

 しかし、ある程度時間が経過し、抗がん剤治療と放射線治療の効果が認められて小康状態が続いてくると、けっこう先のことを考えられるようになりました。そうなってくると、会話の内容がまた変化します。自分自身ではだんだん病気の前とほぼ変わらないものになってきたと感じていますし、おそらく会話の相手もそう感じていることでしょう。

 このように、治療の前もしくは初期の自分は、はっきり言って「目先のこと以外」は何も考えられず、視野も本当に狭いところしか見えず、他人と話していてもほとんど単にうなずくだけか、もしくは近い未来の話題にしか会話に参加できずにいました。
 
 しかし、治療の効果が明らかとなり、「ある程度か、それ以上に時間があるかもしれない」と考え始めた段階から、目の前の視界がどんどん広がるとともに周囲への関心も明らかに増していくのが実感できました。認められた場合にどのように変わるかは、そのときでないとわからないと思いますが……。
 
 治療を継続していくうえでは、精神面の安定も重要です。1年半あまりの間にはいろいろなイベントが起こり、それこそ「何喜何憂」したかわかりません。例えば同じ抗がん剤治療であっても、治療の効果がわからなかった最初の頃は、白血球数が少なくて1週間延期になっただけでも落ち込みました。しかしある程度経過が落ち着いている今では、1週間ぐらいの延期は余裕をもって対応できるようになりました。

 やはり同じような症状や検査データであっても、状態や治療が安定しているかどうかによって、精神面に与える影響は異なるのです。 

めざせ!2年

 そして「予想外に長生きをしてしまったこと」により困ったこと、方向転換したこともあります。先が長くないと思うからこそ、いろいろなことを考えずに「目先のことだけ」を考えてきました。

 例えば食べ物にしても、味覚障害のためもありましたが、血糖や血圧などをある程度無視して、くどく辛いような味の濃いものや甘いものなどを好み、もしくは食べられるものを食べてきました。

 また、ダンピングの症状がつらいとき、副交感神経が優位になったときにステロイドが有用であったため、しばらく継続して使っていました。その後、薬剤師と減量するかどうかを話し合いましたが、お互いに「それほど長い予後でもない」という気持ちがはたらいたためか、「このまま減量せずに続けましょう」ということになりました。

 しかし、そのステロイドの長期投与のため、若干ムーンフェイス気味になったという弊害もありました(太ったように見えたことから「調子がよさそうだね!」とも言われました)。現在は調子がよくなり、そしてまだしばらくの予後が期待できるということが明らかとなってきたため、結果的に徐々にステロイドの減量を開始しています。
 
 同じように、末梢神経障害があり運動量が少なくなったことで下肢の筋力低下が徐々に進行していましたが、あまり先のことを考えていなかったため、無理にリハビリテーションをしてはきませんでした。しかし、今となっては、下肢の筋力低下がQOL低下の大きな原因となっており、なぜリハビリをしてこなかったのかと自問する毎日です。
 
 予想外ということでいろいろなことが出てきましたが、少なくとも大きな意味では「よいほうの」予想外であることは間違いありません。そして当然ながら、ここまできたら1年半の次は2年、そしてそれ以上……と考えるのですが、それは欲張りなのでしょうか?

がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと【第15回】がんの「告知」――これまでと、これから

この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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