「一人で」告知を受けた患者さんのこと

 自分自身は出血でがんが見つかった、そしてがん治療に携わっている外科医ということもあり、告知の面では特殊なケースだと思いますが、やはり患者さんにとってがんの告知は、最初の一大イベントということになります。

 けっこう前になりますが、別の地方から受診された70歳代の患者さんに早期の大腸がんが見つかりました。「今度説明をしますので、ご家族と一緒に来てください」と話したところ、「息子たちは遠くにいてなかなかこちらに来られません。とりあえず、話を聞くのは自分一人で大丈夫です」と言われました。

 やはりがんの告知なので一人ではないほうがいいとは思いましたが、しっかりとした患者さんだったので、まずは次の受診日にがんであることだけを話して、「次はもっと詳しい話をしますので、ご家族に都合をつけてもらって、一緒に説明を受けてください」と伝えました。

 すると、翌日に息子さんから「昨日父が電話で、がんになってもうダメだと言ってきている。何でそんなことを本人一人に言うのか?」と怒って電話がかかってきて、こっちのほうがびっくりして説明したことがあります。

告知には、家族に必ず同席してほしいが…

 基本的に、がんの告知などは本人以外の家族に同席してもらいます。それでもやはり、誰も来られないという状況もあり得ます。特に最近では、独居もしくは高齢であるご夫婦だけでお子さんたちが遠方におられるような場合が増えており、おそらく地方においては今後ますます増えていくものと思われます。

 そのような場合には、前述のように状況に応じてやむを得ず「本人一人だけ」に説明をすることがあります。ただしどの年代においても、「がん」という単語を聞いた瞬間に頭が真っ白になってしまいあとは何も覚えていない、という人は少なくありません。特に高齢者の方には気をつける必要があるでしょう。

 前述の患者さんは、見かけや受け答えもまったく問題がなかったので早期がんの告知のみを行いましたが、あにはからんや……という結果となってしまい、今でもはっきりと覚えています。その後は家族と一緒に来てもらうということを原則としていますが、やはり家族が遠方にいたり、本当に忙しくて時間がとれないというのが明らかにわかるケースもあります。

 また、当然ながら治療前の説明は1回では済みません。そのような家族に何度も来てもらうのは医師側も心苦しいところがあり、そのあたりが医師のジレンマになっていると思います。

医療者と患者・家族のギャップを、いかに埋めていくか

 医療を取り巻く環境も明らかに変わってきました。自分が外科医になった頃は、がんの告知自体が「本人に告知をする」「本人に告知をしない」で論議される時代だったので、患者さん自身は、がんだと知らずに手術を受けた方もかなりおられたと思います。

 すなわち昔は簡単な説明で手術をして「いい加減」なことをしていたと考えられるかもしれませんが、当時のがん医療の診断および治療レベル、そして一般の方々のがんに対する知識がそうさせていたと言っても過言ではありません。

 昔むかし勤務していた病院の、早期胃がん患者さんを思い出します。家族の希望で告知がされないまま手術が行われ、術後5年経った段階で家族の1人が「治ってよかったね。本当はがんだったんだよ」と本人に言ったのです。

 すると、この方は、いわゆる「がんノイローゼ」のようになり、しばらくしてマンションの屋上から飛び降りてしまいました。昔はそういった状況だったので、当然ながら今のようなインフォームド・コンセントなどありませんでした。

 その後いろいろな変遷があり、告知をめぐっては今のような状況になってきました。一方で、自分たち医療者が作成する説明用紙、ならびに同意書もそうですが、必須事項が多すぎ、それを盛り込むことに精いっぱいで、患者・家族が本当にどの程度理解しているかを判断せずにサインをしてもらっている場合も少なくないと思います。本来であれば医療者が説明にもっと時間をかける必要がありますし、患者・家族にも、もう少し医療に関心をもってもらう必要があるでしょう。

 インフォームド・コンセントに限らず、医療制度などの変化も目まぐるしく、医療者もついていくのが精いっぱいな面もあります。そういうなかで医療者と患者・家族との間に大きなギャップやズレがあり、それがだんだんと広がってきているような気がします。

 まずは、医療者と患者・家族との間をコーディネートしてくれる人や、両者が交流するマギーズセンターのような場所が存在すると、少しはギャップやズレを減らすことができるのではないでしょうか。

がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと【第16回】死、それは夢かマコトか

この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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