今年5月に発売した『今だからこそ知りたい 臨床で倫理的問題にどう向き合うか』(ウィリアムソン彰子 編・神戸大学医学部附属病院看護部 著、照林社)は、日ごろの看護業務や、多職種とのやりとりで感じる「これでいいのだろうか?」というモヤモヤの本質である倫理的問題を考える1冊です。今回は、特別に試し読み記事を全3回でお届けします。
第1回目は、倫理に関する基礎知識を解説した一部をご紹介します。書籍の試し読みはこちらからどうぞ。
倫理的問題は身近なところにある
みなさんは、日々、臨床で看護実践を行うなかで「これでいいのかな?」とモヤモヤした思いを抱えてはいませんか? そのモヤモヤの多くは、倫理的問題をはらんでいます。
モヤモヤした思いが生じるのは、そこにジレンマ、すなわち「どちらが正しく、どちらが間違っているのかがはっきりしない微妙な問題」が存在するからです。
看護業務におけるジレンマ
看護師は、24 時間をとおして最も近くで患者にかかわる専門職です。そのため、日常の看護ケアにおいて「これでよいのだろうか?」というジレンマを感じることがあるでしょう。例えば「終末期患者の体位変換や頻回な痰の吸引などは、どこまでするか」といった場面を考えてみます。定期的な体位変換は、褥瘡や肺炎を予防するために不可欠です。でも、それによって患者の苦痛が強くなる場合はどうでしょう。ジレンマが生じませんか?
また、患者と家族、家族間での意見の相違によって患者の自律が尊重されない場合にも、ジレンマが生じます。例えば「患者が配偶者と話し合い、ベストサポーティブケアの方針となっていたのに、これまで一度も見たことのない子どもがやってきて話を覆し、治療や入院継続を希望する」などです。
効率よく看護ケアを提供することだけを重要視すると、患者の自律性が損なわれてしまいます。看護師には、いかなる場合でも「人間としての尊厳や権利を尊重して行動すること」が求められます。そのため、患者の自律性を尊重しながら、効率よく看護ケアを提供するにはどうしたらよいか、看護スタッフあるいは医療チーム全体で業務改善に向けて話し合う必要があります。
職種間でのジレンマ
近年、チーム医療が推進されています。多くの診療科や専門職がかかわるなか、それぞれの価値観の違いから、患者にとっての最善について意見が対立することもあるでしょう。このような場面で、もし「誰か 1 人の意見が優先」されていたとしたら、それは本当に最善の判断といえるでしょうか? いえませんよね。
医療は不確実性を含むので「患者にとっての最善=患者が望む結果」とならないこともあります。
だからこそ、かかわる人の価値観(何を大切にしているか)を互いに理解したうえで、患者にとっての最善とは何か、合意形成に向けて話し合う必要があります。
臨床では、倫理的問題を解決するために、多職種で倫理カンファレンスを行います。ここでは、倫理カンファレンスを行う際に、私たち看護師が知っておくとよい倫理学の知識を、以下の分類ごとに説明していきます(図1)。
非規範倫理学は「倫理の基本」となる概念
倫理理論や倫理思想といった研究領域は、記述倫理学または倫理思想史と呼ばれます。これらの記述された倫理思想は、現実で生じる倫理的課題に対処するときの「理由づけ」として活用される知識です。
倫理的判断を行うとき、倫理理論を理由づけに使用するためには「ことばの意味が共有されていること」が前提条件となります。そのため非規範倫理学は「倫理の基本」となる概念に、用語の意味について分析研究するのがメタ倫理学という領域です。規範や価値を示すのではなく、「倫理的判断に必要となる概念を共通認識するための説明」が、メタ倫理学の目的となります。
倫理原則を「守らなければならないもの」と認識すると道徳的ジレンマが生じます。今、自分のなかにあるモヤモヤとした気持ちがなぜ起きているのか整理するために活用することをお勧めします。
第2回 倫理カンファレンスの進め方
第3回 病気を告げる場面での倫理的調整
つづきは書籍で!
今だからこそ知りたい 臨床で倫理的問題にどう向き合うか
ウィリアムソン彰子 編、神戸大学医学部附属病院看護部 著
B5・128ページ・定価 2,420円(税込)
- 1.Fry ST,VeatchRM.Casestudiesinnursingethics 3rd ed.Jones&Bartlett,Boston:2006