6月13日より全国公開の映画『フロントライン』。新型コロナウイルスを事実に基づく物語として、オリジナル脚本で映画化した作品です。本作の企画・プロデュース・脚本を手がけた増本淳さん、小栗旬さん演じるDMATの指揮官・結城英晴のモデルとなった阿南英明先生にインタビュー。制作の舞台裏や看護師にまつわるエピソードなどを、『エキスパートナースweb』の読者に向けて語っていただきました!

増本 淳ますもと じゅん

『フロントライン』企画・脚本・プロデュース

『救命病棟24時』『Dr.コトー診療所2006』『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』シリーズ、『大切なことはすべて君が教えてくれた』『リッチマン,プアウーマン』(いずれもフジテレビ)など数々のドラマをプロデュース。2019年にフジテレビを退社し、フリーランスのプロデューサー、脚本家として活動。2023年、福島第一原子力発電所事故を描いたドラマ『THE DAYS』(Netflix)の企画・プロデュース・脚本を手がける。

阿南 英明あなん ひであき

地方独立行政法人 神奈川県立病院機構 理事長

2012年藤沢市民病院救命救急センター長・救急科部長、2019年より藤沢市民病院副院長。神奈川県の新型コロナウイルス感染症対策では陣頭指揮をとる。能登半島地震ではDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)の一員として、被災地の医療活動に従事。

映画『フロントライン』あらすじ
物語の舞台は、2020年2月3日に横浜港に入港し、その後日本で初となる新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」。乗客乗員は世界56か国の3,711人。横浜入港後の健康診断と有症状者の検体採取により10人の感染者が確認されたことで、日本がはじめて治療法不明の未知のウイルスに直面することとなった。この状況下で<最前線> に駆けつけたのは、家族を残し、安全な日常を捨てて「命」を救うことを最優先にした医師や看護師たちだった――。

フロントライン1
© 2025「フロントライン」製作委員会

※一部、映画本編の内容に触れている箇所があります。

―医療を題材にした作品を多く手がけてきた増本プロデューサー。これまでにも、DMATを描かれたことはあったのでしょうか。

増本 『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命(以下、コード・ブルー)』というドラマでは、フライト・ドクター、フライト・ナースを描きました。大きな災害に出動するシーンもあるのですが、そのなかで彼らがかかわる相手としてDMATが登場しています。DMATを詳しく描いた作品を手がけるのは『フロントライン』がはじめてですが、取材の前からある程度の知識はもっていました。一番意外だったのは、阿南先生は救急医だけど元は外科医でなく、元内科医だったことですね(笑)

阿南 それ、みんなに言われます。やっぱり外科医のイメージがあるみたいで。災害医療や救急医療は比較的新しい世界で、僕たちより上の世代は外科医が多かったんですよね。

―取材を通してのお互いの印象はいかがだったでしょうか。

阿南 はじめに増本プロデューサーを紹介されたときは、ちょっと警戒したんですよ。ですが、紹介してくれた人に「信用できる人だから」と言われて取材を受けました。すると、本当に真剣に話を聞こうとしているなとわかって。じょうずに話を引き出してもらいましたね。先ほど『コード・ブルー』の話もありましたが、医療の知見をもっていらっしゃったので非常に話しやすかったです。

増本 オンライン上で取材をしていましたが、パソコン画面越しでも阿南先生の迫力はすごくて。DMATの若い隊員の方に阿南先生のことを伺っても、雲の上の存在とのことで、みんな「将軍」と呼んでいました。ご本人はピンときていないみたいでしたけど。なので、勝手に大男をイメージしていまして。ところが実際お会いしたら線の細い、イケメンのおしゃれなかた。いい意味で予想を裏切られました。

増本Pと阿南先生1
阿南先生(左)と増本プロデューサー

映画の根底に流れるのはコロナ禍の偏見・差別問題

―制作のなかで、ナースの方とはどんなやり取りをされたのでしょうか。

増本 看護師さんには撮影現場でたくさん指導していただきました。また、DMAT隊員の子どもが保育園から受け入れ拒否をされるという劇中のエピソードは、阿南先生が看護師の方から受けたSOSをもとにしています。葛藤を抱えながら、皆さんダイヤモンド・プリンセス号の現場に行かれていたんですよね。

阿南 その葛藤を表現していただいてありがたかったです。映画を観ていて、大きなテーマとして新型コロナウイルスの偏見・差別問題が根底に流れていると感じました。看護師さんから聞いた保育園の受け入れ拒否の話は、本当に衝撃だったんです。ほかにも実際にあったエピソードが盛り込まれていますが、偏見が医療者を苦しめることはあってはいけません。人を助けたいと思う気持ちがなければ、とてもできない仕事なんですよ。その根底を揺るがしかねない問題で、ぜひ映画でも扱っていただきたいと思ってお話ししました。次に何か起こったときはこうしたことがあってはいけないと、もう一度皆さんにかみしめてほしいです。

増本 映画はわかりやすく「未知のウイルスに立ち向かった人々」という構図でプロモーションをしていますが、世の中にはエボラのような致死性だけで考えればもっと怖いウイルスがいくつもある一方で、なぜ新型コロナウイルスがこんなにも全人類を混乱と恐怖に陥れたのか。それはウイルス自体というよりは、差別という人間がつくった恐怖ですよね。本当に描きたいテーマはそちらだと、取材を通して思いました。

阿南 日本はハンセン病の大きな問題を抱えています。らい予防法による人権侵害ですね。らい予防法が廃止されたのはつい最近のこと(※1)で、それまでは強制的な隔離が行われていました。ハンセン病はほとんどうつらないし、直接の死因になることはほぼありません。それなのに、社会から排除されてしまった。この反省を、コロナ禍において生かしきれなかったと思います。ハンセン病・らい病と同じとは言いませんが、コロナ禍でも似たようなことが行われていました。私たち医療者としても、今後同じようなことが起こらないように、心に刻んでおかなくてはならないと思います。

(※1)らい予防法は1996年に廃止。

阿南先生

進藤先生、コトー先生のようなスーパードクターがいないからこそのリアリティ

―医療従事者を描くうえで、増本プロデューサーが大切にされていることは?

増本 ヒーローみたいに描きすぎないように意識しています。以前は、患者の命のためなら自分の人生もかける、毎週難しい手術を成功させる、そんな医師が出てくるドラマをつくっていたんですよ。意識が変わったきっかけは「妊婦たらい回し」事件。これはマスコミがつくった言葉で、「受け入れ拒否」ともいわれましたが、実際は「受け入れ不可能」だったわけですよね。これはマスコミ報道のやり方だけが問題なのではなく、人手や医療機器が足りなくても崇高な精神と技術で必ず救ってくれる、進藤先生(※2)やコトー先生(※3)のような医者が“いい医者”だと、僕たちがつくるテレビドラマがすり込みをしすぎてしまったことが一因だと思ったんです。それで、『コード・ブルー』をつくりました。

(※2)『救命病棟24時』で江口洋介さんが演じた主人公・進藤一生。
(※3)『Dr.コトー診療所』で吉岡秀隆さんが演じた主人公・五島健助。

―『コード・ブルー』では医療従事者をどのように描いたのでしょうか。

増本 「やったことのない面白い手術をして上達したい」「高校時代に成績がよかったから医学部に入っただけ」「親が医者だったから」といったある種、自分本意なモチベーションで仕事をしている人たちを登場させました。「どんなときも患者の命が最優先」のスーパードクターではなく、職業として医療従事者を選んだ人間を描こうと考えたんです。彼らは損得勘定込みでドクターヘリに乗っていますが、そんな視聴者に近い普通の人とも言える登場人物が、ときに自分の命を危険にさらしてまで人を救う選択をするときもある。その姿が胸を打つ。『フロントライン』でも、喜び勇んで船に乗る人はいません。やる人がいないから仕方がなく乗って、結果がんばっていた。すてきだなと取材で感じ、その姿を描きたかったんです。また、過剰に勇敢に描くとDMATの皆さんに迷惑がかかってしまいます。「なぜ私たちが被災した場所では、もっと命がけでやってくれないんだ」と言われないよう、注意しました。

増本Pメイキング
© 2025「フロントライン」製作委員会

―阿南先生は、医療を題材にした映像作品をどのように見ていらっしゃいますか。

阿南 医療者の目線でドラマや映画を見たときに違和感を覚える一番の理由は、リアリティのなさ。特に、増本プロデューサーがおっしゃったようにメンタリティの部分は大きいと思います。あんなかっこいいことを言う、ピュアな人は見たことないよね、と。一方、『フロントライン』ではさまざまな葛藤が描かれています。僕をモデルにした結城先生も、政治的な問題やマスコミとの関係などで揺れる。あの心の揺れはいつも経験しているところなので、シンパシーを感じますね。若い世代によく言っているのが、「医療の現場はつらく、仕事の7割は嫌なこと。でも、残りの2~3割はキラッと輝くいいことがある。だから仕事をしているんだ」ということ。それを巧みに表現していただいたなと感じます。

増本 過去のドラマづくりで積み重ねてきた反省や後悔があったからこそ、このさじ加減でつくれました。『コード・ブルー』のときは、視聴者から「こんな医者はいない」とたくさんクレームが届いたんですよ。そんななか、「私たちの現場を描いてくれてありがとう」と、最初に褒めてくれたのが医療関係者の皆さんでした。つくってよかったな、と背中を押されましたね。こうした経験があり、『フロントライン』は迷いなくつくれました。ご覧いただければわかりますが、結城は天才的なひらめきで事態を好転させるわけではなく、常に悩みながら苦しんでいます。

阿南 何の指揮もしていないんじゃないですか(笑)

増本 (笑)。でも、「最後はあの人が責任をとってくれる。だからやってみよう」と思わせてくれる指揮官です。みんながどうがんばったか、何を乗り越えたかを感じてもらえる作品になったかと思います。

結城先生
© 2025「フロントライン」製作委員会

―最後に、看護師の皆さんへメッセージをお願いします。

増本 本作に出てくる真田(演:池松壮亮さん)もそうですけれど、医師は看護師がいるから医療行為ができます。医師が揺れるシーンが多いので、看護師が支えてくれている構図を意識しました。映画だと尺の関係で残念ながらカットになってしまったのですが、真田が地元から横浜へ行く救急車内のシーンでは、彼の不安な気持ちを看護師の永井(演:芦那すみれさん)と高野(演:三浦獠太さん)が先回りして察し、空気をよくしてくれます。看護師さんはそうした存在だなと常々感じていて、これからも描いていきたいと思っています。このシーン、小説版『フロントライン』には収録されているので、気になる方はぜひ読んでいただけたらうれしいです。

阿南 DMATの「T」は「Team」を指します。医療は1人でできるものではなく、どんどん高度・複雑化していく医療の世界において、自分自身は歯車になるしかありません。天才医師がいればいいですが、現実は凡人たちの集まり。でも、歯車がうまく回り、全体として最適解を導き出せるような職場なら、歯車1つ1つが輝くことができます。看護師として、そうした職場で働きたいと思ってもらえたら。“エキスパートナース(expert nurse)”をめざさなくても、正しいことを追求し、ぶれないで働いていれば、結果“エキスパートナーシーズ(expert nurses)”になれるんじゃないでしょうか。一緒にそういう仕事をしていきましょう。『フロントライン』は、そんなリアルな医療者を描いてくれています。

阿南先生と増本P2
『フロントライン』

6月13日(金) 全国ロードショー
■出演者:
小栗旬 
松坂桃李 池松壮亮 
森七菜 桜井ユキ 
美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一 
窪塚洋介
■企画・脚本・プロデュース:増本淳
■監督:関根光才
■製作:「フロントライン」製作委員会
■制作プロダクション:リオネス
■配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:FRONTLINE-MOVIE.JP
公式X:@frontline2025
ハッシュタグ:#映画フロントライン

フロントラインポスター
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