この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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患者さんに心を開いてもらうための工夫は必要!

 元ちゃんハウスをオープンして、早や5か月あまりが過ぎました。

 日々さまざまな患者さんやご家族が来られますが、そのなかで一番多く話題にのぼるのは「医師とのコミュニケーション」です。

 「病院で医師の前に行ったら頭が真っ白になり、聞こうと思っていたことが聞けなかった」「何かありませんか?と聞かれたけれど、何を話していいかわからなかった」などと言いながら、病院帰りに寄られる患者さんが少なくありません。

 そして、元ちゃんハウスのスタッフといろいろ話したあと「ここだと聞きたいことを全部聞けるし、話したいことを全部話せるのに!何で病院だとダメなんだろう?」と言いながら帰って行かれます。

 医師とのコミュニケーションの問題に「即解決」というものはありませんが、ただでさえ心を閉ざし気味の患者さんに対して、少しでも心を開いてもらう工夫は必要だと思います。

マギーズセンターで得たヒント――どこかに「自分に合う場所がある」

 相手に心を開いてもらうためには、「環境づくり」とともに「雰囲気づくり」も重要であるとよく言われます。環境づくりと言われると何となくイメージできますが、単に雰囲気づくりと言われても当初ピンとこなかったのも事実です。

 2010年に、ロンドンのMaggieʼs cancer caring center(以下、マギーズセンター)の存在を知りましたが、その1つのポリシーとして紹介された「癒しの空間(空間のもつ力)」という言葉が、やはり最初はピンときませんでした。

 そして2012年、実際にマギーズセンターへ見学に行ったとき、その答えをもらったような気がしました。

 マギーズセンターは有名建築家がデザインしたおしゃれな建物ということだけではなく、ゆったりと本を読めるスペースがあったり、みんなが集まれる簡単なダイニングキッチンがあったり、もちろん一人になれる場所もあったりして、ここはどのような患者さんでもどこかに「自分に適した居場所」がある施設だとひと目見てわかりました。

 加えて、採光の具合、木を基調とした落ち着いた作り、かと思えば家具や食器その他の調度品や備品は心地よいポップさを醸し出しており、落ち着いてはいるけれども、一方では明るいイメージがある雰囲気でした。

 そしてお国柄もあるかもしれませんが、無理に声かけをするわけではなく、必要性を察知したときに患者さんに近づくといった「スタッフやボランティアとの絶妙な距離感」に感心しました。

 がん患者は人とかかわったり、自分から話し出すことが億劫だったりする方が多いような気がします。そういう人が自ら心を開き、勇気をもって他人に話しかけたりできるようになるまで見守るのはそう簡単ではありません。患者さんを見守るという意味での「雰囲気づくり」の大切さというものを垣間見た気がしました。

元ちゃんハウスで居心地のよい空間の実現

 そして元ちゃんハウスを作る際、1人でも多くの患者さんに心を開いてもらえるよう(殻を破ってもらえるよう)に、仲間の建築家やその他のメンバーと論議を重ねました。

 環境面では床・天井など全体的に木を基調とし、壁は珪藻土、明かりは間接照明としました。そして調度品もトータルでコーディネートしてもらいました。

 なかでもいろいろな種類の座り心地のよい椅子を置き、カラフルなクッションとともに明るいイメージを出しているのも特徴です。

 そして、実際にスタッフや見学に来てくれた人たちの「ずっと居たくなる」「また来たくなる」という意見とともに、患者さんからも「居心地がいいのでしゃべりやすい」「気分がスッキリする」などの声が聞かれ、改めて空間の醸し出す雰囲気の重要性を実感しています。

医療スタッフから歩み寄り、がん患者の「殻を破る」お手伝いを

 もう一つの雰囲気づくりの主役はスタッフです。単に傾聴のみではなく、場合によっては場を盛り上げる役にもなります。

 加えてスタッフは全体を見渡し「いくつかできているグループで問題が起きていないか?」「孤立している患者さんがいないか?」というふうに見渡すのも重要な役割です。ただそれでも自分から話し出せない方、輪に入らず外から見ているだけの方もいます。

 そのような患者さんにはセラピスト2人の出番です。セラピストによるアロママッサージの施術中、ほとんど無表情だった患者さんの顔に笑みが浮かぶようになり、何気ない世間話から身の上話をするようになるのを見かけると、「手当て」の偉大さを実感します。

 コミュニケーションをうまくとるには単にスキルを学ぶだけではなく、環境や雰囲気づくりも重要だと思います。

 特にがん患者は孤立感に陥っている場合もあるので、その殻を自分から破りやすくしてあげるか、医療者側から少し破ってあげるかをすることも必要かもしれません。

『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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