事例紹介をもとに、看護介入をナラティブに伝えます。今回は慢性的な腰の痛みを訴えるパーキンソン病の患者さんの事例を紹介します。

〈目次〉
「慢性的な腰の痛み」を訴えるパーキンソン病の患者さんの“思い”
改善しない腰痛、「リハビリテーションは嫌」
痛みの増強を招いたと考えられる「心理的な要因」
痛みからくる行動様式とその影響
目標のすり合わせとセルフケア能力の向上をめざして

「慢性的な腰の痛み」を訴えるパーキンソン病の患者さんの“思い”

 Aさんは70代後半のパーキンソン病の女性患者さんです。2年ほど前に「振戦」「小刻み歩行」「表情の乏しさ」などを自覚し、パーキンソン病と診断され、抗パーキンソン病薬の内服治療を行っていました。

 今回、夏場の暑い時期に自宅で倒れているところを友人に発見され、脱水およびパーキンソン病の急性増悪の診断で急性期病院に4週間入院。その後、回復期リハビリテーション病院に転院してきました。

 10年ほど前から変形性腰椎症もあり、急性期病院入院中から腰部の痛みを強く訴えて離床が進まず、廃用症候群により歩行能力が低下し、車椅子が必要になってしまいました。 またAさんは夫に先立たれ、独居で生活をしていました。

 家族は息子さんが1人いますが、「1人暮らしはもう無理だと思う」と言い、Aさんご本人も「1人でいるときにまた倒れたら困るから」と、現在の回復期リハビリテーション病院を退院したあとは、施設への入所を希望していました。

改善しない腰痛、「リハビリテーションは嫌」

 Aさんの腰痛は強く、「腰が痛いのでリハビリテーションをやりたくない」「リハビリをするともっと痛くなる」との訴えが頻繁に聞かれ、入院1週間が経過したところで理学療法・作業療法を拒否するようになりました。

 担当の理学療法士・作業療法士は、「痛みに配慮して訓練しているし、ご本人の訴えを無視して行ったことはないのですが……」と困惑していました。痛み止めの薬剤を変更したりしましたが、あまり変化はありませんでした。
 またブロック注射も検討されましたが、Aさんは「以前にも腰が痛くてブロック注射をしたことがあるが、効かなかったので、もうしたくない」と言い、「どうせ家には帰れないのだから、そんなにリハビリをがんばらなくてもいい」との言葉が聞かれました。

痛みの増強を招いたと考えられる「心理的な要因」

 Aさんの腰痛は変形性腰椎症からきている痛みですが、それを増強させている要因がほかにあるのだろうと考え、私はAさんの状況を捉え直してみることにしました。

 Aさんの表情はいつも元気がなく、悲観的な言葉が多く聞かれていました。ある日私は、Aさんのトイレ介助を行い部屋に戻ったとき、Aさんに「いま困っていることや、今後の心配・不安などがあれば、ぜひお話を聞かせてください」と話しかけました。

 Aさんは、「腰の痛みが強くて。それがいちばん大変だよ」と答えました。
 私は、「腰の痛みが本当に強くて大変なのですね」と答え、そして「以前から腰痛はあったとうかがっていますが、入院する前の痛みはどのようだったのですか?」と聞きました。

 するとAさんからは、「腰は前から痛かったけれど、今ほどじゃなかった。トイレだって普通に行けたし、洗濯も自分でしていたよ。痛みが軽くなれば、自分でできると思うよ」と返答がありました。

 私が重ねて「もし痛みがよくなったら、退院してご自宅に戻りたいというお気持ちはあるのですか?」と質問すると、「息子は施設に入れっていうし、私も1人で過ごすのは不安だから、施設に入るのは仕方がないかもしれない。でも、本当はできる限り今まで過ごしていた家で暮らしたいですよ。そんなわがままを言ってはいけないと思うけれど……」と思いを打ち明けてくれました。

  Aさんは、“家に帰りたい”との希望を家族に遠慮して言い出すことができず、ずっと心の中に思いを抱えており、このような不安な思いがリハビリの意欲を失わせ、痛みを増強させる要因になっているのではないかと考えました。

痛みからくる行動様式とその影響

 そこでAさんに対し、「今の時点では家に帰れるかまだわかりませんが、Aさんが思っていることを家族の方にも伝えて、私たちと一緒に、どうすればいいか考えていきませんか?」と伝えたところ、Aさんは「そんなわがままを言っていいのかな……? でもそうですね。息子が次に病院に来る日に、自分の思いを伝えてみます」と言いました。

 また、Aさんは日中の多くの時間を車椅子に座って過ごしており、あまりベッドに寝ようとしませんでした。その理由をAさんに尋ねたところ、「ベッドから起きたり寝たりするときの痛みが特にひどくて、車椅子に座ったままのほうが楽なんですよ」と答えてくれました。
 Aさんはベッドから無理のある姿勢で起き上がっているため、このような無理な動作で動いていることや、適度な休息をとれていないことが、腰痛を悪化させているのだろうと考えました。

目標のすり合わせとセルフケア能力の向上をめざして

 近日中にAさんのご家族が来院する予定があったため、Aさんはそのときに、“家族に自分の気持ちを伝える”と言いました。そこで私は担当のソーシャルワーカーに連絡し、その日にAさんと家族を交えて面談を行うように調整しました。

 ご家族が来院した際、Aさんは「家に帰りたい」という思いを伝えましたが、ご家族は「私が仕事が忙しくて面倒を見る時間があまりない。だから施設のほうが安心なんですが、どうなんでしょうかね?」と迷っているようでした。

 Aさんは今まで介護保険を利用したことがなく、介護保険などの制度について知識が少ないと考えられたため、私はソーシャルワーカーとともに退院後に活用可能な社会資源について説明したうえで、Aさんがどこまで自分のことができるようになればよいのか、またどのような社会資源を活用すれば自宅で生活を送っていくことが可能なのか、Aさん・ご家族とともに一緒に考えました。

  Aさんは、「家に帰るなら、トイレぐらいまで歩けるようにならないと困る」「料理もできないと困るけれど、買いものはどうしよう」などど、しだいに自分自身の生活のことを具体的に考えるようになりました。

 またご家族もその様子を見て、「本人ががんばる気があるならば、意思を尊重しようと思います」と、自宅への退院を目標にすることを受け入れてくれました。

 また、Aさんの痛みに対するセルフケア能力を高めるために、理学療法士と作業療法士に協力を依頼し、安楽な動作の方法を検討して、Aさんに伝えました。看護師もその内容を共有し、介助に入るなかで繰り返し動作の練習を実施しました。

 その際、“以前よりもよくなった部分”“Aさんが努力していること”などを観察してAさんにフィードバックしていくように、スタッフ全体でかかわり方を統一するようにしていきました。
 いつしかAさんの腰痛の訴えは少なくなり、理学療法や作業療法を拒否することもなくなりました。

 Aさんは「訓練の時間以外にも、歩く訓練をしたい」と言い、トイレや歯磨きの際に看護師といっしょに歩行練習をするなど、訓練に意欲的に取り組むようになりました。

 Aさんは杖などの歩行補助具を使用すれば安定して歩けるようになり、再び自宅で暮らすことに自信を深め、希望通り、自宅に退院することが決まりました

この記事は『エキスパートナース』2016年4月号特集を再構成したものです。
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【第12回】慢性的な腰の痛みを訴えるパーキンソン病の患者さんの事例をめぐるQ&A
【第13回】慢性的な腰の痛みを訴えるパーキンソン病の患者さんの事例についてのリフレクション
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