「脳」と「麻痺」の基本と応用について解説!まずは麻痺を理解するため、脳のしくみから紹介します。

 「麻痺」のある患者さんが増えてきました。脳血管障害の後遺症によって起こる麻痺をもちながら、日常生活を送る人が多くなってきたからです。
 
 麻痺のある患者さんに接するときは、「なぜ麻痺が起こっているのか」「どうしてこちら側に麻痺が起こっているのか」、あるいは、「危険な麻痺ってどんなものか」など、麻痺についての病態生理学的な理解が必要です。つまり「脳」のしくみから麻痺を理解することが大事なのです。
 さらに、麻痺があると起こりがちな合併症実際のケアについての正しい知識があるといいでしょう。
 主に脳血管障害患者を看る病棟でケアをしてきた経験に基づいて、「脳」と「麻痺」の基本と応用について解説していきます。

麻痺の出かたは人によって違う

 麻痺のある患者さんには

●手に強く麻痺が残っている人
●半身に麻痺が残っている人
●半身に麻痺があるが足は動く人

など、人により麻痺の出かたに違いがあります。その理由を読み解いていきましょう。

麻痺とは?

錐体路(すいたいろ)は「運動の指令を伝える専用道路」

 麻痺を理解するには「錐体路」を理解しなくてはなりません。錐体路は、単純に言うと「運動の指令を伝える専用道路」です。この専用道路が障害されることによって起こるのが「麻痺」です。
 
 さて、私たちがどこかへ旅行に行くというとき、必ずスタート地点とゴール地点がありますよね。筆者は北海道出身ですから、北海道から東京へ旅行に行くとすると、北海道がスタート地点で東京がゴール地点になりますね。
 
 例えば、手を動かそうとするとき、手を動かすためのスタート地点とゴール地点があります。スタート地点は「脳」で、ゴール地点は「手」になります(じつは手を動かすという動作に関しても、ここでは書ききれないほど(筆者が説明できないほど)複雑な指令が絡み合っています)。
 では、「手よ動け!」という指令のスタート地点は、脳のどこにあるのでしょうか?

錐体路のスタート地点は「中心前回(ちゅうしんぜんかい)」

 図1図2は、脳が頭蓋骨内へ収まっている図です。図1は脳を左側から見たもので、図2は脳を右側から見たものです。

図1 脳を左側から見た図

脳を左側から見た図

図2 脳を右側から見た図

脳を右側から見た図

 2つの図中の①はシルビウス裂(れつ)と言い、②は中心溝(ちゅうしんこう)と言います。この中心溝の前に、③中心前回と呼ばれる場所があります。この中心前回こそが、全身の運動を司る経路の脳の出発点です。

 ここで重要なのは、「シルビウス裂」、「中心溝」という名前を覚えることではありません。運動を司る出発点が、人指し指1本分程度の幅の中心前回というところだということです。
 中心前回は別名「(一次)運動野」と言い、運動のスタート地点です。中心前回から、無数の神経が身体の各部分へ出発しています。

 図3は、「ホムンクルス(こびと)」と呼ばれているものです。この中心前回(一次運動野)が、身体のどこの部分の運動のスタート地点かを表しています。

図3 左側面から見た一次運動野のホムンクルス

左側面から見た一次運動野のホムンクルス

 図4を見てください。これは正面から見た脳画像です。ちょうど耳のところで切っていると考えてください。先ほど説明した中心前回のホムンクルスの図ですが、図4に当てはめると図4-①のようになります。この中心前回から神経線維が無数に出ています。それを表したのが図4-②になります。

図4 正面から見た一次運動野のホムンクルス

正面から見た一次運動野のホムンクルス

錐体路はバラバラにスタートし、「放線冠(ほうせんかん)」で1束になる

 運動を伝える神経の出発点は中心前回(一次運動野)であることをお伝えしました。それでは、出発してからどのような経路を通っていくのかを説明します。

 中心前回から出発した神経線維は、やがて1つの束になります。1つの束になるだけであって、1本になるわけではありません。ここが重要です。イメージすると3本セットになって売っている魚肉ソーセージでしょうか?

 この1つの束になるところを「放線冠」と言います。図5-①を見てください。中心前回から出発した無数の神経線維は、放線冠で1本になったように見えます。この1本に見える放線冠での神経を輪切りにしてみます。それが「放線冠断面図のイメージ」です。

図5 正面から見た脳と錐体路

正面から見た脳と錐体路

 あくまでもイメージですが、無数の神経線維が放線冠で凝縮されているのがわかりますね。大まかに顔面、上肢、下肢の神経に分かれており、身体の前面部から背側に向かって顔・上肢・下肢という順番に並んでいます。

 放線冠からは1つの束になったまま、その神経路は下方へ向かいます。向かった先は内包後脚(ないほうこうきゃく)です。内包後脚から中脳の大脳脚(だいのうきゃく)を通り、延髄の錐体交叉で反対側に移動し、その後脊髄を下降していきます(図5-②~④)。

錐体路の「どこが障害されるか」で麻痺の出かたに差がつく

 ここまでは中心前回(一次運動野)から脊髄に至るまでの運動を伝える経路を説明してきました。いわゆる錐体路と呼ばれるものです。錐体路は、運動の指令を伝える専用道路でしたよね。麻痺は、この専用道路が障害されることによって起こります。
 ここからは、問題方式で麻痺を解説していきます。

Q1 “放線冠より上”で障害が起きたら?

 例えば図6-①に出血を起こしたとします。どうなるでしょうか?
 また、図6-②図6-③に出血を起こした場合、それぞれどうなるでしょうか?

図6 放線冠より上の障害

放線冠より上の障害

A1 反対側の、①足、②手、③顔に麻痺が生じる

 図6-①には中心前回(一次運動野)の「足」の運動を伝える神経線維が伸びてきています。図6-①で足の運動を伝える神経線維が障害を受けると、足への運動指令が伝えられなくなります。つまり足に
麻痺が生じます

 
 同様に図6-②を見ると中心前回(一次運動野)の「手」の運動を伝える神経線維が伸びています。ここに障害を受けると、手への運動指令が伝えられなくなり、手に麻痺が生じます
 
 同様に、図6-③が出血などで障害を受けると、「顔」に麻痺が生じることが理解できますね。

手に麻痺が生じる

Q2 “放線冠以降”に障害が起きたら?

 図7のとおり、放線冠に出血を起こしたとします(実際には放線冠での障害は脳梗塞がほとんどです)。
 足や手、顔など、どこに麻痺が生じると思いますか?

図7 放線冠での出血

放線冠での出血

A2 反対側の足・手・顔のすべてに麻痺が生じる

 答えは全部です。反対側の足や手、顔面に麻痺を生じます。これを片麻痺(へんまひ、かたまひ)と言います。

片麻痺

Q3 “放線冠以降にピンポイントで”障害が起きたら?

 前述の通り、放線冠では中心前回(一次運動野)からの神経線維は1本になったように見えますが、断面(図8)を見てみると、それぞれの神経線維が束になっています。
 図8のように、そのなかでピンポイントに出血があった場合、どこに麻痺が生じると思いますか?

図8 ピンポイントの出血

ピンポイントの出血

A3 反対側の顔と上肢のみに麻痺を生じる

 このように放線冠以降の障害があったとしても錐体路のすべてを損傷していなければ、前述したように麻痺も一部だけになることがあります。
 何度も説明するようですが、神経線維は1本になったわけではなく、1本になったように見えて1つの束になっています。これが麻痺を考えるうえでの「ミソ」になります。

反対側の顔と上肢のみに麻痺を生じる

 前述のように、麻痺は運動専用道路が障害を受けることによって“指令が伝わらなくなること”を言います。
 そして、障害を受けた専用道路がまだ細い専用道路なのか?それとも太くなった専用道路なのか?によって、どこに麻痺が生じるかが変わってくるわけです。

麻痺の患者さんは、ほかにどんな合併症をもっている?

 「脳の地図」という言葉を、遠い昔に聞いたことがあるかもしれません。その脳の地図を、筆者はもじって「脳の地頭(ちず)」と呼んでいます。頭のなかにある地図ですから「地頭」ということです。

 脳には、ここまでで説明した運動を司る部分(中心前回)のほかに、眼で見たものが映し出される場所や言葉を聞き取る場所、記憶を司る場所や空間を認識する場所があります。そして、これらの機能を脳のどの部位が司るかは、あらかじめ分担が決められています

 例えば、中心溝の後側を中心後回(ちゅうしんこうかい)と言います。中心後回の役割はズバリ「感
覚」です。この中心後回は、別名「(一次)感覚野」と言います。図3図4で、中心前回のホムンクルスについて説明しましたが、図9は中心後回(感覚野)のホムンクルスです。これは“身体のどこの部分が感じているか?”を感知するところを示しています。

図9 中心後回のホムンクルス

中心後回のホムンクルス

 簡単に言うと……例えば手をぶつけた(痛い)としたら、中心後回の手の部分が興奮します。この中心後回で“どこをぶつけたのか?(痛い)”を私たちは認識しています。

 麻痺は「脳から出発する運動専用道路が障害を受けることによって“指令が伝わらなくなること”」と説明しましたが、脳血管疾患で障害を受けるのは中心前回ばかりではありません。麻痺のある患者さんでは、麻痺以外の多彩な症状がみられることがありますが、それは障害が「脳の地頭」のどこに及んでいるかに関係しています。

 次回からは、それらの“麻痺以外”の症状も含めて、麻痺のある脳血管疾患患者さんの特徴とケアを解説します。

1.医療情報科学研究所 編:病気がみえるVol.7 脳・神経.メディックメディア,東京,2017.
2.池田亮編著:脳卒中急性期観察とドクターコール.日総研出版,東京,2015.
3.猪飼哲夫 編著:脳卒中リハビリテーションの最前線実践とエビデンス.医歯薬出版,東京,2017.
4.服部光男 監修:全部見える 脳・神経疾患.成美堂出版,東京,2014.
5.馬場元毅 編著:絵で見る脳と神経 しくみと障害のメカニズム第4版.医学書院,東京,2017.
6.岩田誠 監修:プロが教える脳のすべてがわかる本.ナツメ社,東京,2011.

【第2回】危険な舌の麻痺の見抜き方(3月19日配信予定)

この記事は『エキスパートナース』2018年3月号特集を再構成したものです。
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