急性期病院一筋で働いてきたWOCナースが、40歳を目前にして訪問看護に挑戦!利用者さんからの難しい要望を通して気づく、訪問看護の現実と楽しさとは?リアルな体験記をお届けします。
「マグロの寿司を食べたい」という難問
訪問看護を続けて半年が経過したときに、とある利用者さんのニーズを聞きました。というか、聞いてしまいました。それは「マグロの寿司を食べたい」ということ。その利用者さんは80代の男性で、若いときはメキシコやヨーロッパなど世界中を飛び回り、バリバリのキャリア組だったそうです。
そんな人が今は指定難病を患い、胃瘻を造設して寝たきりの状態。自分の唾液で肺炎を繰り返していました。その人の教えてくれた希望が「マグロの寿司を食べたい」。
悩んだ末、同僚に相談すると…
大事なことなので2回書きましたが、この状態でマグロ、難しいですよね?病棟でもし同じような人がいたら、あなたならどうしますか?正直に上司に伝えてお叱りを受けるか、黙って食べさせて命を危険にしてしまうか。などなど、さまざまなバッドエンドしか見えてきませんよね?訪問看護師の私は……もちろん悩みました。今までの看護師人生の経験をフル動員して考えました。
その結果、無理だ。ということで、1人で悩んだって仕方ないと感じ、同僚を飲みに誘って、「こんなことがあってさー……」と悩みを打ち明けてみました。その同僚は、私と同い年で元々同じ病院の救急病棟を経験していましたが、在宅経験は私と一緒で半年。
そいつが言うんです。「え?何でニーズ引き出してるのにやらんの?やらんっていう選択肢、あるん?病院でできへんことを俺たちはしに来たんやんな?じゃあ、ちゃんと説明して、先生にもそれ伝えて、協力してもらって、お寿司食べてもらったらいいやん。もしむせたら吸引したらいいやん。ニーズ引き出すことは難しいけど、それが聞けたんやったら、どうやってやれるかを考えるだけやん。簡単やん」と。
正しいこと“だけ”ではニーズはかなえられない
少し強めな物言いにイラっとしつつも、ハッとさせられました。私は何を無理だと思っていたのだろう。病院でずっと教えてもらっていたことは “正しいこと”。
だけど、その“正しいこと”だけだと、この人のニーズはかなえられない。
ずっと寝たきりでやりたいことがやれず、命が尽きるのを待つ人生。
そんな人生に喜びはあるのか?人生で悔いが残ることは少ない方がよい。
それを看護の力で支えられるならやりたい!
どこかで鎖をつけ、看護に制限をかけていた自分がいることに気づかされました。病院は“治療の場”だけど、ここは在宅。在宅は “生活の場”。“治療よりも優先したいことがある”から、その人は在宅を選択している。それを私に教えてくれた、その人の気持ち……。わずかな希望をたくしてくれている!一緒にかなえたい!!
「マグロの味がする」のひと言に感動
やっと理解できた私は、翌日から「マグロの寿司を食べたい」をかなえるために行動しました。主治医に説明して、許可を得て、利用者さんと奥さんにリスクを説明したうえで、お2人の出した答えは、「食べたい」ということでした。
奥さんと相談の結果、マグロのお寿司は難しいので、マグロのたたきを用意しました。そして利用者さんに車椅子に乗ってもらい、小さなスプーン1杯を準備して、いざ実食!お口に入れてから10秒ほどしたときに、異変が。利用者さんの目が輝き、「マグロの味がする……」とポツリ。このときの利用者さんと奥さん、私で喜んだ感動は忘れません。
この日以降、看護師が訪問すると奥さんが「今日は何を召し上がりましょうか?」と利用者さんに尋ねていて、「リンゴ……」と言ったりされています。不思議と、口から何も食べていなかったときよりも、少量でも摂取するようになってからのほうが肺炎に罹らずに過ごされています。
「在宅スゲー」の体験で訪問看護が楽しくなる
この経験がきっかけで、「看護ってこんなに自由なんだ」と自分の看護観をあらためることにつながりました。在宅に来るまでは、今まで病院で培ってきた経験がすべて!!教えることはあっても、教わることはない。なんて、傲慢なことを思っていました(思ってたんかいっ)が、こうして自分の成長を感じることで「在宅スゲー」と思い、だんだんと“訪問看護”が楽しくなっていきました。
じつはこういった「在宅スゲー」はこれだけではないんです。ターミナルと言われた人がおうちに戻ってきてから奇跡のV字回復する瞬間を目の当たりにしたり、家に帰りたいから透析をしないという選択をして、1週間後に亡くなられた人生の最期を共にして感謝されたり……。これらは、病院にあと何年いても経験できなかったかけがえのない財産です。
理想とは違って、決して甘くない“在宅のリアル”
病院から在宅に来てからの成長痛(!)は、それはそれはひどいものがありますが、何といいますか、知識や技術が洗練されることよりも、高く伸びきった鼻をへし折られ、翼をもぎ取られ、より人間に導いてくれている感じがしています。
振り返ると、私は人じゃなかったのかもしれないと思うことがあります(笑)。在宅って、病院と違って“ゆっくり”というイメージはありませんか?私はあったんです。時間に融通がきけて~、ナースコールに追われないし~、お天気のなかを自転車でびゅーんと風を切りながらさわやかに訪問するイメージ。……これらはすべて間違いであります!!!
青い鳥症候群(理想を追い求め、現実に不満を抱き続ける心理状態)で、在宅に夢を抱き、病院でちょっと疲れたから転職しようかな~フフフ~♪とか考えている人がいたのなら、一度うちに見学に来ていただきたい!!”在宅のリアル“を目の当たりにしてください。甘いイメージだけで飛び込むと、私のように大ケガをしますヨ。
在宅を本気でやろうと思ったら、とんでもなく大変です!!何が大変って、人の人生を共にさせていただくので。感覚でいうといろんな人の人生を背負う感じ。病院のように圧倒的に自分たち優位では動けません。利用者さんたちが最優先です。思ったよりも、思い通りになりませんよー(笑)。
そして、私のような勘違いした専門家が一番立ちが悪い。合う人には合うけど、合わない人には在宅というフィールドは自由すぎると思います。病院と在宅、どっちがすごくて、どっちがよいとかではありません。両方のフィールドを経験した私が簡単にまとめますと、病気や症状をみたいなら、病院。その人やその家族をみたい人なら、在宅ではないでしょうか。
まだまだ書き足りないですが、話が長くなり過ぎるので、今回はこの辺で終わろうと思います。次回は、訪問看護をこれから始める人や興味ある人に向けた内容をお届けします。

次回に続く
(毎月1回更新)
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