採血の正しい手技―『標準採血法ガイドライン(GP4-A3)』より①

神経損傷の予防に翼状針が有効

 採血の合併症で最も注意しなければならないのが、神経損傷です。

 特に、肘の尺側(小指側)を走行している正中神経には、感覚神経だけでなく親指などを動かす運動神経も含まれており、損傷すると指が動かなくなって高額の賠償金などにつながる事例がしばしば報告されています。

 正中神経損傷を防止するためには、 深く刺さない、尺側の穿刺を避ける、上腕や手背の血管を用いる、穿刺の回数を減らす、探り動作を行わないなどのさまざまな方法がありますが、どれも決定的なものではありません。

 じつは、私たちの施設も以前は神経損傷の患者さんへの対応にたいへん苦労していました。そのころ、「翼状針を使うと採血の成功率が上がり、患者さんの不快感も低減する」というデータ1が海外から発表されたのに目をつけて、翼状針を全例に使うことにしたのです。

 実際、使用してみると効果は著しく、それまでは毎年1~2名おられた神経損傷が疑われる患者さんが、それ以降はほぼゼロになりました(図1)2。 この結果は論文2として報告され、その後、他の施設にも翼状針採血が少しずつ取り入れられていきました。

図1 翼状針と直針での神経損傷発生頻度の
比較(10万回の採血行為に対する発生数)
(文献2より一部改変して引用)

 これらの結果を受け最新版のガイドラインでは、翼状針採血のメリットとして、採血成功率が上がり、神経損傷のリスクが下がることが明記されています。

 ただし、直針と比較して表1に示すようなデメリットや、コストの問題などもあることから、翼状針と通常の採血針についてガイドラインで優劣はつけられておらず、現状ではどちらの採血法を用いることも可能です。

表1 直針と翼状針の比較
おさえておきたいこと

検査データへの影響
●採血時の溶血により、カリウム、LD(H)、AST、鉄などの値が大きく影響を受ける
●採血量の不足により、PT、APTT、フィブリノゲンの値が大きく変化する

「採血手技が検査データに与える影響」がガイドラインに新たに追加されている

 採血の方法が間違っていると、大幅に検査データが変わってしまい、その後の治療方針などに重大な影響を与えることがあります。

 有名なのは、溶血による影響です。23G(ゲージ)より細い針で採血したり、採血管を攪拌(かくはん)するときに激しく振ったりすると、赤血球が壊れて中の物質が血清中に出てしまい、生化学検査で誤って高い値になる(偽高値)ことがしばしばみられます。

 最も有名なのはカリウムですが、他にもLD(H)ASTなどで大きな影響がみられます。

 また、採血量も重要で、特に凝固検査では採血量が足りないPTAPTTフィブリノゲンなどの値が大幅に変わってきます。

 凝固検査と血沈(クエン酸ナトリウム入り採血管)では、必ず採血管に示された線のところまで血液を採取してください。

*【採血量の不足(クエン酸ナトリウム入り採血管以外でも)】採血管ごとに血液を流入させるために必要な陰圧が設定されているため、規定量以下だと採血管内の陰圧が解消されず、溶血してしまうことがある。

 今回の改訂ガイドラインでは、これらの「採血手技が検査値に与える影響」についても新たに追加記載されました。正確な検査データを得るためにも、ぜひ正しい採血法を実施してください。

 以上、最新の標準採血法ガイドラインに基づいて、特に看護師が注意すべきポイントについて解説しました。

そのほかにも、例えば血管迷走神経反応の予防・対応や、表23に挙げたような穿刺部位の選択など、安全な採血を行うためにはさまざまな注意点があります。

採血業務に携わる方は、ぜひ一度はこのガイドラインを熟読して、安全で正確な採血の実施に努めていただきたいと思います。

表2 注意すべき穿刺部位
1.Hefler L,Grimm C,Leodolter S,et al.:To butterfly or to needle:the pilot phase.Ann Intern Med 2004;140(11):935-936.
2.Ohnishi H,Watanabe M,Watanabe T:Butterfly needles reduce the incidence of nerve injury during phlebotomy.Arch Pathol Lab Med 2012;136(4):352.
3.日本臨床検査標準協議会標準採血法検討委員会編:標準採血法ガイドライン改訂版(GP4-A3).学術広告社,東京,2019.

「医療・看護の知っておきたいトピック」シリーズの記事はこちら

この記事は『エキスパートナース』2020年9月号の記事を再構成したものです。
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