近年、急増している心不全の患者さん。今後危惧されている「心不全パンデミック」に対して、ナースが備えておきたいことを紹介します。
心不全パンデミックの意味と、 予想される影響
●心不全パンデミックは「心不全の世界的な流行」を指す言葉で、 高齢化率が高い日本でも重要な問題となる
●患者さんのQOLや経済的な側面での悪影響が予想されるほか、 医療従事者も今までと異なる対応が求められる
今後、 世界規模での心不全パンデミックが危惧されている
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行により、「パンデミック」という言葉は医療従事者でなくともニュースなどで聞く機会があったのではないでしょうか。パンデミックを辞書で調べると、「世界的な規模で流行すること」「一国の全体、あるいは世界に、ある疾患が広がること」と書かれています1。つまり、心不全パンデミックとは「心不全が世界的な規模で流行している」ということを指します。
国内の心不全患者は2040年ごろまで増加する予測
「心不全」とは「心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群」であるとガイドラインで定義されています2。心不全になるということは、心ポンプ機能が破綻するような何らかの原因疾患があるということになります。
近年、生活習慣の欧米化に伴う虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症など)の増加や、高齢化などによる高血圧や心臓弁膜症の増加などにより、心不全の患者さんは急増しています。罹患者数は全国で約120万人おり、2030年には131.5万人に達し、2040年ごろまでは増加し続けると試算されています(図1)3。「2人に1人ががんになる」といわれている現在、がんの罹患者数が約100万人であることから、心不全の罹患者数がいかに多いかを実感できます。
図1 日本における心不全患者数の推移と今後の推定

慢性心不全薬物治療の革新的な進歩や非薬物療法(心臓再同期療法など)、各種の心臓弁膜症に対する低侵襲のカテーテル手術(TAVI*1やMitraClipⓇ*2など)の進展も相まって、患者さんの予後は飛躍的に改善しています。しかし、慢性心不全が基本的には根治不能な進行性の難治性疾患であることを考えれば、治療の進歩は、終末像の先送りにしかすぎないともいえます。高齢化率が世界第2位の日本において、心不全罹患者数が増加するのは必然といえるでしょう。
*1【TAVI】transcatheter aortic valve implantation。経カテーテル大動脈弁留置術ともいい、開胸を伴わず、カテーテルを用いて心臓の大動脈弁に人工弁を留置する方法。
*2【MitraClipⓇ】開胸を伴わず、大腿静脈を経由し、心臓の僧帽弁に逆流を防ぐクリップを留置する方法。
医療には経済面、 人員面に大きな影響を与える
心不全の一般向けの定義では「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」と紹介されています2。つまり、心不全が一度発症すると、入退院を繰り返し、状況に応じてさまざまな治療を受けつつも少しずつ症状は悪化し、やがて死を迎えることになります。特に高齢者の心不全は、心臓移植などの根本治療が適応外であるため、根治することはありません。
入退院を繰り返しながら、生活の質(quality of life:QOL)が低下していくため予後は悪く、医療経済的にも大きな問題となっています。じつは、わが国の傷病分類別医科診療医療費の構成比率第1位は(心不全を含む)循環器系の疾患(18.9%)で、新生物(腫瘍)よりも多いのです4。
また、問題は医療経済的なものだけではありません。増悪時には急性期病院での入院治療を余儀なくされることが多い心不全ですが、国が推進している地域医療構想では、どの地域でも急性期病院の病床削減が実質的に求められています。図2は、筆者が暮らしている地域の病床編成のイメージ図です5。このことから、急性期病院だけで心不全が増悪した患者さんを受け入れるのは困難な状況になることが予想されます。在宅や回復期病院など、循環器専門のスタッフがいないなかでも心不全患者を診ていく必要があるということです。
図2 和歌山県の地域医療構想における将来像の提示

ナースは心不全の予防から終末期までかかわる機会がある
●心不全パンデミックに備えて、 患者さんをはじめとした一般市民にも心不全について知ってもらいながら、 長期的にかかわっていくことが重要になる
●患者さんを地域全体でサポートしていくために、 多職種で連携して制度をつくっていくことも求められる
心不全パンデミックに対してナースができること
医療従事者に限らず、一般市民を含め、心不全という病気の認知度を上げる必要があります。心不全がどのような病気なのかを知ることが、心不全パンデミックに立ち向かう第一歩になります。
以下に、病期のステージごとにナースとしてできることを下記の3点から解説します。
①心不全発症予防
②心不全増悪予防
③心不全終末期への介入
①心不全発症予防
ナースとして、心不全を発症させない「予防医学」的な視点でかかわることは大切です。高血圧や糖尿病など、心不全リスク(図3)と呼ばれる疾病をコントロールすることで心不全を発症させないこと、または発症を遅らせることができます6。これらの疾病の治療は、投薬に限りません。運動療法や食事療法など、生活習慣そのものの見直しが疾病管理の大部分を占めます。生活習慣の見直しには、ナースとしてかかわれる部分は多くあるのではないでしょうか。
図3 心不全とそのリスクの進展ステージ

②心不全増悪予防
心不全を一度発症すると、増悪と寛解を繰り返しながら、心機能を含む身体機能が徐々に低下していきます。そこで、少しでも心不全症状がコントロールされた時間を長く過ごしてもらうために増悪の徴候を早期発見すること、心不全を増悪させる要因を事前に防ぐ取り組みが必要になります。
ある研究では、心不全増悪入院の約1週間前には、何らかの症状(労作時の息切れや体重増加、むくみなど)が出現していると言われています(図4)7。つまり、早期に外来受診することで、重症化回避や入院回避につながり、身体機能の低下を最小限にすることができます。不要な入院の回避は、医療経済面から考えてもよいことです。
図4 心不全増悪の前駆症状

③心不全終末期への介入
前述したとおり、心不全治療の進歩は、終末像の先送りにしかすぎないともいえます。先送りされた期間にナースとしてできることの1つに、アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)へのかかわりがあります。ACPとは、療養に関する希望に限らず、生活全般における希望を、患者さんとともに考える機会をもつことです。そのなかには、どのような最期を迎えたいかについても含まれています。
そして、患者さんが暮らしているコミュニティ全体で、ACPのプロセスを紡いでいく必要があります。ACPには3つのステージがあるといわれています(表1)8。このうちACPの第2ステージのプロセスをしっかりと考えておくことで、ACPの第3ステージ、つまり「最期」をどうするかという意思決定がスムーズになるといわれています。「心不全を患いながらもどのような暮らしをしていきたいか」の延長線上に「最期をどう迎えたいか」があるというイメージです。
表1 ACPにおける3つのステージ
1.健康な人が行うACP(ALP*の要素が大きい)
2.自分のもつ疾患や認知症、加齢に伴う暮らしづらさに、どう折り合いをつけながらも生きていくのかを考えていく段階(本人が向き合っている疾患や認知症について、医療従事者からの適切な説明があり、それを理解したうえで、どうありたいかを考えていく段階)
3.終末期における医療・ケア・療養場所の選択をする段階。エンド・オブ・ライフ・ディスカッション(EOLD)ともいう
(文献8を参考に作成)
*【ALP】アドバンス・ライフ・プランニング。ACPのなかでは自分の人生や将来について考えたり、計画を立てたりすることが中心となる。
ACPの第2ステージなしに第3ステージを考えようとすると、「急にそんなことを言われても……」と戸
惑ってしまう患者さんが多いです。疾病の病期に合わせて、各ステージのACPのプロセスをふめるようにサポートする役割がナースにはあります。そして患者さんと信頼関係を構築し、職種間・病院と在宅をつなぐ調整役としての活躍も期待されます。
心不全を早期発見し、 治療するための地域での取り組み
心不全の早期発見・治療は1つの社会問題であり、医療機関のみならず心不全の患者さんが暮らすコミュニティ全体で取り組むべき課題です。地域全体でさまざまな職種が連携して、心不全の発症や重症化を防ぐための体制をつくることが、心不全パンデミックに立ち向かう第一歩になります。
筆者の地域でも、約5年前から和歌山市内の5つの急性期病院が中心となり、和歌山心不全連絡協議会
(現:NPO法人和歌山心不全アラート)を立ち上げ、心不全増悪時の共通の受診基準(和歌山心不全アラート)やその教育、また自己管理のための「和歌山心不全手帳」を作成しています。「和歌山心不全手帳」には、「和歌山心不全アラート」にもとづく受診の目安が掲載されています(図5)9。
図5 患者向けに作成された「和歌山心不全アラート」

そのほか、年に2回は「HFアラート」と題した症例検討会を開催しています。参加する職種は医療職に限らず、生活を支える介護支援専門員(ケアマネジャー)や行政関係者もおり、病院・在宅の垣根を超えた会になっています。
年間の取り組みで、和歌山心不全アラートによる受診促しによる早期受診や、心不全手帳による連携が定着しつつあります。先述したACPのプロセスも手帳によって定着してきており、さらに時代の流れもあり、ICT(情報通信技術)などを介してタイムリーに地域と病院をつなぐ取り組みも行っています。
- 1.松田徳一郎監修:リーダーズ英和辞典 第2版.研究社,東京,1996.
2.日本循環器学会,日本心臓病学会,日本心臓リハビリテーション学会,他編:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン:19.
3.Okura Y,Ramadan MM,Ohno Y,et al.:Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055.Circ J 2008;72(3):489-491.
4.厚生労働省:令和3(2021)年度 国民医療費の概況.
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/21/dl/data.pdf(2025.4.18アクセス)
5.和歌山県:和歌山県地域医療構想(概要).
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/050100/imuka/chikiiryokoso_d/fil/gaiyo.pdf(2025.4.18アクセス)
6.前掲書2:12.
7.Schiff GD,Fung S,Speroff T,et al.:Decompensated heart failure:symptoms,patterns of onset,and contributing factors.Am J Med 2003;114(8):625-630.
8.宇都宮宏子:地域での取り組み② 出会いを前へ-退院支援から、ACPというアプローチの必要性へ.緩和ケア 2019;29(3):235-239.
9.和歌山心不全アラート:和歌山心不全手帳.
※この記事は『エキスパートナース』2024年8月号の連載を再構成したものです。当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載および複製等の行為を禁じます。