患者さんの訴えの裏に隠された疾患を見逃さないために大切な「臨床推論」。どのような思考過程を経て臨床診断を導き出しているのかを考えていきます。今回は第2回で紹介した「食後の嘔気・嘔吐」「両下肢の脱力・しびれ」で緊急搬送された男性の事例から、ナースが見抜きたいポイントを紹介。疑わしい疾患について検討します。

患者さんの「急に」の具体的内容を聞き出す

 主訴は食後の嘔気・嘔吐に始まっています。しかし、食直後であることや、他の家族に症状が出ていないことは、細菌性食中毒や有害物質の摂食による可能性が低いことを示しています。

 この症例では、「ごちそうさま」と言ってお茶を飲んだ直後、つまり、まさしく「突然」発症したことは、重要なポイントです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍であれば、比較的急に症状が出現することもありますが、本症例のように「突然」ということはあまりありません。

 この情報を聞き出すためには、発症に至るまでの状態から発症したときの状態を詳しく聞き出す必要があります。聞き方も工夫して、状況を頭のなかで想像しながら、「その後どうされましたか」といった具体的行動を聞き出します。

 発症のしかたを尋ねるときに、単に「急に起こったのですか?」という尋ね方をすると、救急外来に来る患者さんは多くの場合「はい、急に」と答えます。先々週まで異常なく過ごしていた患者さんが、1週間前から症状を自覚した場合でも「急に」と表現することもありますし、今朝起きたときから症状を自覚していた場合も「急に」と表現するかもしれません。これでは必要な情報を得たことにはなりません。前述のように、具体的に聞き出すようにしましょう。 

 また、嘔気・嘔吐は必ずしも消化器由来の症状とは限らないことも思い出してください。急性心筋梗塞の発症時に、頻度の高い随伴症状として嘔気・嘔吐がみられることは有名です。

両足麻痺は脳梗塞の可能性が低い

 前述の通り発症から時間が短いことや家族に症状がないことから、食中毒の可能性は低くなります。これに加えて、両下肢の麻痺も細菌性食中毒に合いません
 
 特殊な食中毒のシガテラ中毒(魚介類に蓄積された毒素によるもの)は同様の症状を起こすかもしれませんが、今回は食べたものが合いません。
 
 脳梗塞は、下肢の麻痺について鑑別が必要な疾患の1つです。嘔吐は、脳血管障害でもあり得ますし、「下肢麻痺」から想像されるのは、確かに脳血管障害であるかもしれません。発症早期の脳梗塞であれば、CTでは異常はみられません。救急搬送前に受診した医師も、脳血管障害を疑って頭部CTを撮影していますが、異常はみられませんでした。

 しかし、症状についてよく考えると、脳血管障害では説明できないことに気がつきます。患者さんは「両下肢」の麻痺・しびれを訴えているのです。脳梗塞の場合は通常、片側の上下肢麻痺などで発症することが多く、両側の下肢のみというのは脳梗塞では説明がつきません。その他の身体所見も、脳梗塞を肯定するには乏しいといえます。

脈拍の消失や血流障害がなくても、急性大動脈解離の可能性がある

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