皆さんが看護師として、日々行っている臨床現場での「実践」。それらは、どんな“気づき”をきっかけとして起こるのでしょうか?また、“患者さんの力”をどう引き出すのでしょうか?
事例紹介をもとに、看護介入をナラティブに伝えます。
【第31回】血糖コントロールの必要性の自覚がなく、入院も拒否する患者さんの事例についてのリフレクション
【第33回】患者さんの生活支援を考えるきっかけとなった“帰宅への同行”の事例をめぐるQ&A
患者さんの生活支援を考えるきっかけとなった“帰宅への同行”
70代女性のAさん。ある日、屋外のベンチに座り苦しそうにしているところを通行人に発見され、外来を受診しました。
来院時のAさんは携帯用酸素のカートと外出用のリュックを持ち、鼻カニューレを装着していました。
外来受診されたCOPD患者のAさんの様子
私が外来診察室を訪れた際、Aさんは診察室の椅子に腰かけ、うつむき加減で肩呼吸をしていました。ピンクと白の上下のスウェットを身に着け、化粧もきちんとしておられました。
酸素は3L/分下でパルスオキシメーターの表示は 89%。顔色は悪く、呼吸数は1分間に26回と頻呼吸でした。
外来看護師は、「来たとき鼻カニューレは着けていたけれど、酸素の流量計の目盛は“0”になっていた」と話してくれました。
5か月前に受けていた一般検診の記録から、Aさんは慢性閉塞性肺疾患(COPD)で、10年前から在宅酸素を使っていることがわかりました。
Aさんにかかりつけの病院を尋ねると、「もうずいぶん前から通っています」とB病院の名前を出されましたが、それ以上を語られることはありませんでした。
当日Aさんは、よく利用する食堂に行くつもりで家を出たようです。状況を近親者へ伝えておいたほうがよいと思い家族について尋ねると、「家族はいないのでいいです」と口を閉ざしました。
マンションで1人暮らしをしているそうで、同じマンションの友人がよくしてくれるとも話してくれました。
“会話の内容”“持ちもの”から見えてきたこと
しばらくすると、Aさんの呼吸状態は落ち着き、帰宅が許されました。
私は、かかりつけのB病院についてくわしく語らない(語れない?)Aさんが気になりました。来院時に酸素の流量計が0であったことも気になっていました。
Aさんのこれからの支援を考える時期が“今”ではないかと感じ、もうしばらくAさんと一緒にいることを決め、会計に同行しました。会計に行きAさんの依頼でリュックを開けると、3日前の日付のB病院から出された薬袋が出てきました。B病院への通院についてAさんに尋ねてみると、「最近は行っていません」と答えます。
ほかにもリュックのなかには、ハサミや無造作にたたまれたメモ紙、書類の束が入っており、横のポケットには小銭がばらばらに入っていました。この時点で私は、Aさんに、認知症に伴う記憶障害や実行機能障害が出ているのではないかと考えました。
続けてAさんに介護サービスについて尋ねると「受けていません。大丈夫です」、酸素について聞くと「お勝手や洗濯物を干すときなんかはわずらわしいので外しています」と答えます。
酸素については労作時の酸素使用の必要性を伝えましたが、自宅で守れるか確信はもてませんでした。私は病院から自宅までの道を一緒に帰ることを申し出て、Aさんの帰宅に同行することにしました。