この記事は『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』(西村元一著、照林社、2017年)を再構成したものです。
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「がんになったことがない先生に、俺の気持ち、わからんやろ……」

 消化器がん(特に大腸がん)の治療に深くかかわって31年あまり、特に最近ではチーム医療をテーマとして、スタッフとともにさまざまな取り組みをしてきました。それは、数多くある病院のなかから、命をかけて自分たちの病院を選んできてくれた患者さんやそのご家族に対して、できるだけ最善の治療を受けてもらいたいという思いからでした。

 自分自身は肝炎以外に入院経験がなく、当然、手術を受けたことも、抗がん剤治療を受けたこともありません。ましてやがんの告知を受けたことなどありません。それでも、多くのがん治療医と同様に、自分たちが受け持った患者さんと一緒に経験したことやさまざまな情報をもとに、目の前の患者さんにとってよいと思う治療やサポートを、スタッフとともに行ってきたつもりです。

 ただ数年前に、1人の患者さんに、「先生、でもがんになったことがないあんたらに、俺の気持ち、わからんやろ……」と言われたことが、最近になり何となく気になっていました。

 そのような心の中を見透かされたように、患者経験をすることになってしまいました……それもある日、突然に!

院内の日常業務から、一気に闘病生活に

 病院の健診で「若干の貧血」が指摘されたので、そろそろ内視鏡検査を受けようと思っていた矢先のことでした。

 外来診療中に腹痛を認め、トイレに行き排便をしたところ、人生初の「タール便」。その後、プレショック状態となり、緊急胃内視鏡検査を受けたところ、胃潰瘍ではなく噴門部の進行胃がん。さらにコンピュータ断層撮影(CT)を撮ったところ、肝転移疑いに加えて左胃動脈からの動脈性の出血疑いということで、すぐに塞栓術となりました。

 ということで、よく考えてみると、結局「ステージⅣの胃がん」という告知がいつされたかわからないままに、緊急内視鏡、緊急入院、尿道バルーン留置、救急車による搬送、血管造影(塞栓術)……と、怒涛の初体験尽くしで、一気に日常業務から闘病生活へなだれこむことになりました。

「まず何をすべきか」がわからない

 このような病状になったとき、まずみんなに聞かれたのは「検診を受けていなかったの?」という質問です。

 社会的な立場上、検診を勧める側にありましたが、恥ずかしながら胃内視鏡検査をここ5年ほど受けていませんでした。「いつでもできる」「忙しいので今度」「症状がないから……」という素人みたいな考えと、いろいろな役職に就いていたこともあり、けっこうスケジュールが詰まっていたので、「何かあっても休めない」、すなわち病気が見つかったら困るという思いもありました。そして、やっぱり「自分は大丈夫」という変な自信があったのかもしれません。

 さて、進行胃がんが見つかってしまったことは自業自得と言ってしまえばそれまでですが、今までさんざん自分の受け持ち患者さんには「病気とうまくつきあいながら……」と話してきました。しかし自分が患者の立場になってみると、「まず何をすべきかよくわからない」というのが本音でした。

 数日前まで普通に仕事をしていた状況と、診断がついてしまった状況とを比較して、少なくとも肉体的に変化はありません。ただ「人間はいつか死ぬ」と言われても、死ぬのはずっと先のような気がしていましたが、「いつか」が具体化(半年後なのか、1年後なのか……)されると、当然ながら命が有限であることを認識せざるを得なくなりました。

 すなわち「いつか役に立つから」とか「面倒くさいのでいつかやろう」など、ずっと先のことを考えたり、ものごとを先送りすることができなくなったということです。

「なぜ自分が!」という思いが強くないと言ったら嘘になりますが、後悔ばかりしていてもしょうがないので、今後は病気を前向きにとらえてがんばるしかない、という気になったのも事実です。

 ただ家内から、「他人にはいい医者だったかもしれないけど、自分自身には藪医者やったね……」と言われた言葉は胸に響き、返す言葉もありませんでした。

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『がんになった外科医 元ちゃんが伝えたかったこと』

元ちゃん書影

西村元一著
照林社、2017年、定価1,430円(税込)
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