患者さんの体験・心理についての「研究」を原著者に紹介してもらい、臨床で活用したいこころのケアを探ります。
不穏などの体験は患者さんにどう影響する?

集中治療室(ICU)の患者さんが興奮したり、暴れたり、つじつまの合わないことを言ったり、ICUでのことを覚えていなかったりというような状況に遭遇したことのある人は多いのではないでしょうか。
かつては、ICUで見られた症状であることから「ICUシンドローム」と呼んでいましたが、現在では「不穏」や「興奮」「せん妄」などと呼ばれ、一般病棟でも目にします。
重篤な身体疾患をもっている患者さんですが、本来、精神的に健康な人がICUに入室し治療を受けることで不穏・興奮・せん妄などの体験をして、その後の精神状態に影響はないのでしょうか?
また、ICUの看護を考えるときには、ICU から退室することを目標にするのではなく、退院後の生活を考えて看護するべきです。しかし、退院後に地域でどのように生活してどんな問題を抱えているのかはわかっていませんでした。
そこでどのような看護を行うべきかを、患者さんの精神状況、退院後の影響、対処行動についての研究を行い検討しました。ICU入室体験をした患者さんを対象にした研究ですが、病棟で不穏やせん妄を生じる患者さんにも適用できると思います。
本研究は、以下の倫理的配慮のもとに実施されたものです(詳細は研究論文1,2を参照ください)。
●本研究は、研究倫理審査委員会の承認を受けて行っています。
●対象者には文書で研究目的・方法・参加の自由・拒否や途中辞退の自由・個人情報の保護などを説明し、同意をいただいて実施しました。
●面接やプログラム実施時には、精神的心理的な状態に常に注意を払いながら行いました。
研究の概要
ここでは、「集中治療室入室体験が退院後の生活にもたらす影響と看護支援に関する研究」1と「記憶のゆがみをもつICU退室後患者への看護支援プログラム開発とその有効性に関する研究」2を紹介します。
最初の研究は、ICUに入室して退院された患者さんにどのような精神的影響が残っているのかという漠然とした疑問から真実を見つけていくというところから始まりました。
ICU退室後に社会で生活している25名の人にインタビューをして、「ICU での体験がゆがんだ記憶として残っていること」「ICU 入室により精神的影響が残っていること」「それを乗り越えるために患者さんが対処行動をとっていること」がわかりました。
この研究をもとに、次の研究で看護師としてどのような支援ができるのかを考えました。最初の研究で見出された「ICUでの体験のゆがんだ記憶」と「それを乗り越えるための患者さんの対処」をさらに深めて整理し、ICU体験のゆがんだ記憶をもった人を支援が必要な対象者、患者さんの対処を支援プログラムの骨子としてプログラムを作成し、そのプログラムの有効性を検証しました。
発見1:患者さんのICUでの記憶はゆがめられて残っている
患者さんにICUでの体験について語ってもらったところ、現実的なできごとを語った人以外を「記憶のゆがみをもった人」ととらえ、以下の4つに分類しました1。
①被害を与えられた体験
殺されそうになった、閉じ込められた、いじめられた、何かを盗んだと疑われた など
②恐怖心や不愉快な感覚を伴う非現実的体験
葬式をしていて恐ろしかった、隣で人が死んでいやな気分だった など
③非現実的な光景や音との遭遇
天井に文章が見える、川の向こうに人がいた など
④記憶の欠落
記憶がまったくない、ところどころ記憶がない など
発見2:退院後も、患者さんはICUでの体験に苦しんでいる
退院後にICUでの影響について質問したところ、前述したICUでの体験を現実的な体験ととらえた人は、「影響はない」と話されました。
また、そのほかあいまいさや非現実的体験・記憶の欠落があった患者さんのなかには、「事実の確認作業」をしたり、「体験の意味づけ」をしたりすることで「記憶の欠落や非現実的な体験は整理がつき不安はない」状態にたどり着いた人々がいました
しかし、それが功をなさず「非現実的な体験により混乱しとらわれる」「記憶欠落期間のできごとと、 現状との因果関係にとまどう」「非現実的な映像や音の残存と再現がある」というような影響が残っている人もいました。
記憶のゆがみがもたらす影響1
①非現実的な体験により混乱しとらわれる
【患者さんの体験の例】
●不思議な体験は、解決されない問題で、錯覚と思おうとするが現実かもしれないと思う
●不思議な体験が現実にはありえないことだと整理がつくまでに時間がかかった
●看護師に責められた体験により、今も悪いことをしなくなっている
●ICUのことは、思い出したくない
②記憶欠落期間のできごとと、現状との因果関係にとまどう
【患者さんの体験の例】
●記憶がはっきりしていないせいか、病状や手術説明の記憶がない
●記憶がないあいだのやり取りで、家族関係が悪化した
●自分の過去に空白があり、余分なことを想像する
③非現実的な映像や音の残存と再現がある
【患者さんの体験の例】
●ICUで見たものが写真のようにカラーで映像的に残る
●ICUで聞いた現実にはありえない音がしばらく残る、夢に出てくる
発見3:患者さんはICUのできごとを確認したり、理由づけを行おうとしている
患者さんは体験を語りたい一方で、否定されることを恐れていました。
また、いったい何が起こったのか自分自身のなかで説明ができず、「現実か錯覚・幻覚・夢かと自問する」が錯覚と思えないでいる人もいました。
記憶が混沌としているなかで「ICUでのできごとの説明を求める」「家族や他者からの情報・記録と自分の記憶を照合する」「ICU の構造、できごとの真偽、自分の行動を確かめようとする」などの行動をとろうとしていました。
また、なぜそのようなことが起こったかという理由を求め、自分自身が納得できる答えを見つけようとし、「体験の意味づけ・理由づけを行う」ことをしていました。
そして、かつて経験したことがない特殊な体験について「ICUの体験は自分だけに起こったのか」「自分だけではないと言われたい」と思っていました。
記憶のゆがみをもった患者さんの対処行動とその思い2
対処行動①ICU体験を否定されずに語りたい
【患者さんの思い】
●ICU体験を話したい
●医療者に聞いてもらうとすっきりすると思う
●人に話すのはすっきりするが、否定されるとやりきれない
対処行動②現実か錯覚・幻覚・夢かと自問する
【患者さんの思い】
●どうしてあんなことが起こったのか、何だったのかと思う
●錯覚と思おうとしている
●妄想なのか現実なのか、何だったのかと思う
対処行動③記憶の再構築を行う
【患者さんの思い】
●ICUでのできごとを説明してほしい
●ICUでのことを聞いてみたい
●家族や他者からの情報・記録と自分の記憶を照合する
●ICUでのできごとが本当のことか確かめたい
●残っている映像と自分が言ったことを照合する
●家族にICUでの自分の状態を聞いて記憶と照合する
●家族とICU体験について話し、ICUでの状況を知った
対処行動④体験の意味づけ・理由づけを行う
●非現実的な体験は薬や麻酔の影響と思う
●非現実的な体験は自分のなかの意識やイメージの影響と思う
対処行動⑤非現実的な体験は自分だけではないことを知ろうとする
●ICUの体験は自分だけに起こったのか
●自分だけではないと言われたい
- 1.木下佳子,井上智子:集中治療室入室体験が退院後の生活にもたらす影響と看護支援に関する研究-ICUサバイバーの体験とその影響-.日本クリティカルケア看護学会誌2006;2(2):35-44.
2.木下佳子:記憶のゆがみを持つICU退室後患者への看護支援プログラム開発とその有効性に関する研究.日本クリティカルケア看護学会誌 2011;7(1):20-35.
看護研究からわかる患者さんのこころの中【第2回】不穏・興奮・せん妄などを呈する患者さん[後編]研究結果からみる実践したいケア
この記事は『エキスパートナース』2016年4月号連載を再構成したものです。
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