NHK連続テレビ小説『風、薫る』のモチーフ・大関和や鈴木雅らの足跡をたどり、東京のゆかりの地を巡りましょう。桜井女学校附属看護婦養成所や鹿鳴館の跡地、看護婦教育所発祥の地などを紹介します。
明治の面影が残る、大関和や鈴木雅らゆかりのスポット
まだ女性の職業が確立されていない明治期、トレインドナース(正規に訓練された看護師)として看護の道を切り拓いた大関和(おおぜき・ちか)と鈴木雅(すずき・まさ)。『風、薫る』では、そんな2人を主人公のモチーフとした、一ノ瀬りん(演:見上愛さん)と大家直美(演:上坂樹里さん)の冒険物語です。
大関和と鈴木雅をはじめ、『風、薫る』の登場人物たちのモチーフとなった人々は、東京を舞台に激動の明治期を駆け抜けました。そんな彼らのゆかりのスポットを紹介します。今の東京にも残る明治期の面影を探しに出かけませんか。
富士見町教会

JR「飯田橋」駅から早稲田通りを皇居方面に歩いてすぐの場所にあるのが、富士見町教会。こちらは1887(明治20)年、牧師・植村正久(うえむら・まさひさ)により「番町教会」として設立されたのが始まりです。
和は離婚後に上京し、植村正久の英語塾に通いました。正久は、和に看護婦になることを勧めた人物でもあります。キリスト教の教えにも出会った和は、桜井女学校付属看護婦養成所在学中に、彼から洗礼を受けました。また、1932(昭和7)年に和が逝去した際には、この富士見町教会で葬儀が行われたといいます。
設立当初は現在の千代田区三番町5に位置。その後、麹町区一番町48への移転に伴い「一番町教会」と名前を変え、1906(明治39)年に再び移転し、「富士見町教会」の名となりました。日曜日の朝礼拝、夕礼拝をはじめ、さまざまな集会は広く一般に開かれています。
『風、薫る』では、直美を引き取ったキリスト教の牧師として、吉江善作(演:原田泰造さん)が登場。直美を見守る温かさは、正久に通じるものがあるのかもしれません。
●東京都千代田区富士見2-10-1(JR「飯田橋」駅から徒歩2分)
https://www.fujimicho-kyokai.org/
看護婦教育所発祥の地
鹿鳴館(跡地)


国際的な社交場として、明治16(1883)年に建てられた鹿鳴館(ろくめいかん)。上流階級の人々が集まるなかでも、「鹿鳴館の華」と呼ばれたのが大山捨松(おおやま・すてまつ)です。『風、薫る』では、多部未華子さんが演じています。
捨松は1871(明治4)年、日本初の女子留学生として12歳でアメリカへ。留学中に看護を学びました。帰国後、捨松は大山巌(おおやま・いわお)と結婚し、婦人慈善会に所属。慈善会のメンバーは有志共立東京病院(現・東京慈恵会医科大学附属病院)を見学し、日本の看護教育の必要性を感じたそうです。
看護婦の教育所の設立を経済的に支援するため、婦人慈善会は鹿鳴館で慈善市(バザー)を開催。集まった資金は有志共立東京病院に寄付され、1885(明治18)年、同院内に看護婦教育所が開設されました。現在の慈恵看護専門学校前に、「看護婦教育所発祥の地」の碑が立っています。
鹿鳴館の跡地は帝国ホテルの隣にあたり、現在は再開発が進められています。かつては舞踏会、演奏会など華やかな催しが開かれていたこの場所で、りんと直美は明治という時代の風を感じることになります。
●看護婦教育所発祥の地
東京都西新橋3-25-8(都営三田線「御成門」駅から徒歩2分)
●鹿鳴館(跡地)
東京都千代田区内幸町1-1-7(地下鉄「日比谷」駅から徒歩2分)
桜井女学校附属看護婦養成所(跡地)

和と雅がナイチンゲール方式の看護を学んだ、桜井女学校附属看護婦養成所。2人は1886(明治19)年、1期生として入学しました。同校があったのは当時の麹町区中六番町52番地。現在のJR「市ヶ谷」駅近く、二七通沿いです。
同校を設立したのは、宣教師のマリア・トゥルー。全寮制の学校で、生徒たちは寝食をともにしながら勉強に励みました。授業では、解剖学、生理学、機械使用方法など、看護について学習。1年間の座学を経て、帝国大学医科大学第一医院(現:東京大学医学部附属病院)で実習が行われました。
2年間の教育を修了し、6人のトレインドナースが誕生しましたが、卒業式の後に資金難のため同校は閉鎖されることに。母体である桜井女学校(現・女子学院)も、1889(明治22)年に現在地(千代田区一番町22-10)に移転しました。
跡地は駅前の大通りから一本入った、マンションなどが立ち並ぶ場所。周辺は学校も多く、今も学びの空気が感じられます。
●東京都千代田区四番町8-3・6付近(JR「市ヶ谷」駅から徒歩2分)
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●『風、薫る』のモチーフ、大関和と鈴木雅―看護の道を切り開いた2人の歩み
日比谷公園


鹿鳴館跡地の向かいに位置する日比谷公園は、1903(明治36)年、陸軍練兵場の跡地に日本初の洋風公園として開園。ドイツの公園をモデルとし、当時は珍しかったチューリップやパンジーなどの西洋の花が楽しめる場所として市民に親しまれました。
この日比谷公園でも、和は看護婦として活躍。1904(明治37)年、日露戦争の祝勝会が行われた際に、和は救護班に参加しました。ベテランナースとして班長を務めるなか、死者が出るほどの雑踏事故が発生。混乱する群衆に飛び込み、和は警官に向かって「貴官の剣を貸し給え」と叫んだといいます。
また、翌年の1905(明治38)年には、日露戦争の終結を受け入れるポーツマス条約に反対する国民大会が暴動に発展。日比谷焼打事件が起こりました。
クスノキの大木をはじめ、日比谷公園に植わる樹木の多くは、開園当初からのもの。激動の明治期を知り、和の奮闘も見守った木々を訪ねてみませんか。
●東京都千代田区日比谷公園(地下鉄「日比谷」駅からすぐ)
https://www.tokyo-park.or.jp/park/hibiya/index.html
新宿中村屋


和が第一医院で看病婦取締を務めていたときの患者として、『風、薫る』の原案書籍1に登場する相馬愛蔵(そうま・あいぞう)。直美が看護実習で受け持つ患者・丸山忠蔵(演:若林時英さん)のモチーフが、愛蔵なのでは思われます。
愛蔵と妻の黒光(こっこう)が創業したのが、カレーで有名な新宿中村屋。1901(明治34)年に東京帝国大学(現・東京大学)正門前でパン屋として創業し、日本で初めてクリームパンを発売した店としても知られています。1909(明治42)年、新宿の現在地へ移転しました。
また、愛蔵の同郷の友人に社会運動家の木下尚江(きのした・なおえ)がいます。和は尚江と高田(現在の新潟県上越市)の廃娼運動で知り合い、再婚を考えていました。原案書籍では、尚江の女性関係を理由に、愛蔵が2人の結婚に反対したとされています1。
ドラマのなかで丸山忠蔵はどのような人物として描かれるのか、りんと直美がクリームパンを食べるシーンはあるのか、注目です!
●スイーツ&デリカ Bonna 新宿中村屋
新宿区新宿3-26-13(JR「新宿」駅から徒歩2分)
https://www.nakamuraya.co.jp
- 1.田中ひかる:明治のナイチンゲール 大関和物語:中央公論新社,東京,2023.
2.富士見町教会ホームページ.
https://www.fujimicho-kyokai.org/
3.松田誠:有志共立東京病院看護婦教育所.松田誠:高木兼寛の医学―東京慈恵会医科大学の源流:東京慈恵会医科大学, 東京,2007:48-57.
https://ir.jikei.ac.jp/records/15222#
4.港区立郷土歴史館ホームページ:看護婦教育所発祥の地.
https://www.minato-rekishi.com/museum/2009/10/3.html
5.女子学院ホームページ:特設サイト 大関ちかの歩みをたどって.
https://www.joshigakuin.ed.jp/ozekichika_specialsite/
6.東京都公園協会:日比谷公園開園120周年.
https://www.tokyo-park.or.jp/special/hibiyapark120years/index.html
7.新宿中村屋:中村屋の歴史.
https://www.nakamuraya.co.jp/pavilion/history/
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