NHK連続テレビ小説『風、薫る』で時代考証を務める久保田哲先生にインタビュー。大山捨松や清水卯三郎の人物像、明治期の社会における看護、ドラマの見どころなどを聞きました。
話を聞いたのは
久保田哲先生
立正大学 法学部法学科 教授東京都出身。慶應義塾大学法学部、慶應義塾大学大学院法学研究科で学ぶ。博士(法学)。武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部などを経て、2026年より現職。著書に『福沢諭吉 敗け続けの偉人』(インターナショナル新書)など。
時代考証の役割はグレーゾーンを明確にすること
――『風、薫る』で描かれるのは、まだ看護が一般的に知られていなかった明治期。大山捨松(演・多部未華子さん)、清水卯三郎(演・坂東彌十郎さん)といった実在の人物も登場します。ドラマを制作するうえで重要となる「時代考証」とは、どのような仕事なのでしょうか。
時代考証の役割は、史実に基づいて何が許容され、何が許容されないかというグレーゾーンを明確にすること。最終的な決定権は番組側にありますが、その判断材料を提供する仕事です。台本を読み、時代に合わない物や言葉遣いなどをお伝えします。大道具・小道具などに関しても、その時代に存在したかどうかの確認をしています。
個人的にはグレーだったらいいんじゃないかという思いもありますね。例えば、文明開化が進む明治期には、その時代に存在はしていたけれど、まだ一般に普及していないものが多くあります。そうしたものに登場人物たちが触れるのが多少早くても、視聴者に当時の先進性を知ってもらうのはいいことなのではと思っています。
大山捨松が看護の発展によりめざした社会
――大山捨松は明治4(1871)年、11歳のときに日本初の女子留学生の1人としてアメリカに留学。留学中に看護の短期教育を受け、帰国後に看護学校の設立に貢献しました。捨松が「看護」に力を入れたのはなぜだったのでしょうか。
捨松が留学した当時のアメリカは、日本に比べれば女性が活躍する場があったものの、女性に参政権はまだない時代。そうした環境で教育を受けた捨松は、当時の価値観でいう“女性らしさ”を発揮して活躍できるのが、看護分野だと考えたのではないでしょうか。
捨松は華やかなドレスを着て踊っていたイメージが強いですよね。有名な「鹿鳴館の華」という呼び名は、男性中心の世界であった社交の場に付属する存在としての女性を指す表現です。捨松をはじめとした女性たちは、鹿鳴館で主体的にチャリティーやバザーを開催しました。ですが、男性中心の政治とは異質だったため、これまでの歴史や物語ではあまり日の目を浴びませんでした。当時の社会において捨松が看護教育に力を入れたことは、日本の女性史の礎となった功績だと思います。

――ドラマのなかで鹿鳴館の貴婦人たちが「バザーか炊き出しか」の投票をしていたように、捨松がメンバーとなっていた「婦人慈善会」は、看護学校設立のお金を集めるためにバザーを開催しました。こうした婦人たちの活動についてはいかがでしょうか。
ドラマのなかでは、バザーに消極的な女性がいましたよね。でも、実際のところ彼女たちがどう受け止めていたのかはわからないので、想像をたくましくしてもいいのかなと思っています。政治家の妻たちのなかには、初めて家庭以外に主体的に何かに貢献できる場が、このバザーだったという人もいたはず。女性が、女性として人の役に立てることに胸をときめかせる、そんな面もあったのではないでしょうか。
1887(明治20)年には日本初のボランティア組織「日本赤十字社篤志看護婦人会」が誕生。有栖川宮妃董子を初代幹事長とし、捨松も設立メンバーの1人でした。包帯の巻き方など救急時の手当てなどを教えたそうです。
――徳富蘆花の小説『不如帰(ほととぎす)』に登場する、冷たい継母のモデルが捨松といわれています。なぜ捨松はこうした人物像だと描写されることになったのでしょうか。
捨松は肺結核になった義理の娘を、感染対策のために隔離して生活させました。(看護の知識があったからこその対応ですが)当時の人からすると冷たいと思われてしまったんですよね。これで私が想起するのは、北里柴三郎の伝染病研究所移転の話。地元の人たちは、伝染病が蔓延するのではと怖がって移転に大反対するんです。
りんや直美がナースになると、まわりの人たちに看護を理解してもらえないという状況が起こります。今の私たちからすると滑稽に思いますが、当時の人たちがりんや直美を理解できなくて滑稽に感じることと、構造的には同じなのではないでしょうか。『不如帰』の話についても、当時も、もしかすると現代にもある感覚なのではと思います。

清水卯三郎の謎めいたキャラクター像が示すものは?
――「瑞穂屋」の店主・清水卯三郎の、『風、薫る』のなかでの描かれ方の印象はいかがでしょうか。
清水卯三郎も捨松と同じように、西洋に行ったことがある、当時としては珍しい人物。一般の人からすると「よくわからない人」との感覚から、あのような謎めいたキャラクターとして描かれているんじゃないでしょうか。卯三郎の奇天烈さを象徴しているなと思ったのが、りんにチョコレートを渡していた場面。明治になって虫歯が増えたのは、甘いものが広まったからという話があるんです。本当にチョコレートを配っていたかはわかりませんが、そんな卯三郎が日本で初めて歯科器械を輸入した人物というのがおもしろいですよね。

臨床の場で活躍したわけではないですけれど、卯三郎が歯科器械を日本に取り入れたことは、歯科医学にとって非常に大きな貢献でした。ひらがなの普及に力を入れたように、卯三郎は一般の人を文明化に導いていくことを考えていた人だと思います。歯の健康も、誰にでも関係することですよね。また、海外からの輸入品が少しでも多くの人の目に触れてほしいとの思いから、「瑞穂屋」を営んでいたのではと想像しています。

―ドラマで描かれているように、実際に卯三郎と勝海舟には交流があったのでしょうか。
どの程度の交流があったかは、わからないところがあります。ただ、勝海舟が卯三郎に輸入品の手配を頼んだり、卯三郎が輸入品を政府に買い上げてもらう際に勝海舟に仲介を頼んだりしたのではと考えられていますね。2人とも同じ時代にアメリカに行っていますし、卯三郎が所属した学術団体「明六社」に勝海舟も呼ばれているなど、当時のネットワークのなかでの共通意識のようなものはあったと思います。
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看護が浸透していくまでの壁をどう乗り越えるかに注目
――日本が文明開化に進んでいくなかで、看護はどのように受け入れられていったのでしょうか。
看護に限った話ではありませんが、西洋的な病院や孤児院といった施設は、幕末ごろから日本に広まっていきました。困っている人に手を差し伸べるという文化は、日本に根づいていた儒学的な観念と合致したために受け入れられやすかったのでしょう。福沢諭吉なども、儒学的な価値観に取り入れやすいように、西洋文明を紹介していました。
とはいえ、文明開化を進めようとしていた人たちは苦労したはず。その苦労がクローズアップされると、ドラマとしておもしろいかなという気がしています。
――りんと直美に影響を与える人物として、捨松や卯三郎が登場したことについてはどうでしょうか。
捨松や卯三郎は文明開化の象徴のような人物で、かつ、一般の人々への目線を常にもっていた人。捨松に関しては一般の、特に女性をスポットに当てています。その一方で、なかなかまわりから理解されづらい面がある2人が、りんや直美とかかわるのは絶妙だなと感じます。恐らく彼女たちも、今後ナースになり、周囲に理解されない知識を日本に浸透させていくうえで壁にぶつかります。捨松や卯三郎が、次の世代であるりんと直美に何を期待しているのかが、ドラマの見どころの1つだと思います。

『風、薫る』放送情報
NHK総合: 毎週月~土曜 午前8時~8時15分
※土曜は1週間振り返り。
NHK BS:毎週月~金曜 午前7時30分~7時45分
NHK BSプレミアム4K: 毎週月~金曜 午前7時30分~7時45分※NHK ONEで同時・見逃し配信予定。
(写真提供:NHK)
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